フィンケ監督退任に思う

レッズのフィンケ監督は、今季限りで退団する。
フィンケ監督は2年目であり、「石の上にも3年」の言葉を考えると、切り捨てるにはまだ早い。
それゆえ、選手育成の観点も踏まえると、安易に監督を切り捨てるべきではなかった。

しかし、レッズのように人気も高く、ここ数年の実績を考えると常に優勝を求められてもおかしくないクラブでは、選手の育成とチーム力の強化の二兎を追わなければならないと思うのは、私だけだろうか。
プロである以上、勝利や高い順位といった結果も必要である。
「二兎を追うものは一兎をも得ず」ということわざはあるが、上のように二兎を追う必要のある場面もあるのだ。
その点、今年のフィンケ体制は若手育成はともかく、勝利や高い順位といった結果が出なかった以上、今季限りの退任はやむを得ない。
昨年のJ1リーグで、レッズは年間6位だったが、今年は10位でシーズンを終え、昨年よりも下がった。
天皇杯は優勝の可能性を残しているが。
(ただし、成績不振をすべて監督のせいにするのは、間違いである。フィンケ監督は、特定のスター選手に頼らないチームの構築を目指した。しかし、スター不在で個人の力が軽視されてしまうのであれば、それは弊害である。その点で、レッズの場合、若手は成長こそすれ、新たなスター選手が生まれていないことも問題視すべきだろう)
後任にはかつてレッズで活躍したペトロヴィッチ氏を招聘するとの報道があるが、選手の育成とチーム力の強化の二兎を追える監督であることを願う。

参考

孫正義氏の言葉の再考と光の道

・実現を急ぐには理由がある ソフトバンク発の「光の道」
http://diamond.jp/articles/-/10297

上の記事の2ページ目に、こうある。
「孫社長が巧妙なのは、自らの弱点をまったく出さず、『天下国家のため』という“大義名分”を掲げることである」

人間、誰でも弱みは見せたくないだろう。
弱みを見せることで、そこにつけこむハイエナのような人間がいるからだ。
加えて、誰しも本音と建前があるだろう。
「天下国家のため」というのも、日本人全体という点では、大事な観点である。
自分のことだけを考えず、社会全体がプラスになることを考えるのも、またしかりである。

孫氏が提唱する、過疎地も含めた日本の全家庭に光ファイバー網を張り巡らそうという「光の道」。
http://www.softbank.co.jp/hikari/
きちんと目的を持った上での光ファイバー網の配備に私は賛成だが、2016年まで、あるいは税金なしというのは眉唾ものという印象がある。
(これとは別に、すべてをメタル線から光ファイバー網とするならば、メタル線と同様に停電時の通話機能を確保しておく必要もある)
費用対効果(特に過疎地)も無視し、無制限に人と金をつぎ込む、NTTなど既存業者も赤字覚悟で実施するのであれば、実現はできるかも知れない。
かといって、NTTの主張する2025年以降(A案)では、流れの早い現代にあっては遅いという印象がある。
2016年は厳しいとしても、NTTなら2025年よりも早く出来るだろう。
現実的な目標として、全家庭への光ファイバー網配備時期を決めるなら、両案の間をとって、遅くとも2020年がよいと私は考えている。

そして、なにより肝心なのは、光の道というインフラを使って何をするかである。
孫氏は医療クラウドなどを提案しており、医療クラウドには私も賛成である。
なにより、こういったものを実現する手段を構成する1つとして、光の道があるのならば、それは手段と目的が逆転していないので、よいことである。
仮に税金を投入するとしても、理解が得られるかも知れない。
しかし、全家庭に光ファイバー網を敷設することそのものが目的になるようであれば、光の道の意味はないだろう。
光ファイバーではなくとも、従来通りメタル線で通信は出来るからだ。

ただ、「実現を急ぐには理由がある~」の記事のように、iPadやiPhoneなどで増える自社の通信トラフィックにより、「いずれ設備が持たなくなるので、NTTのインフラ部門を切り離して公社化し、負担を肩代わりさせる。そうすれば、自ら投資せずに済む――」というための「光の道」であれば、それはソフトバンク自身が整えるべきだろう。

iPadやiPhoneがもてはやされている中、両者を扱うソフトバンク社長である孫氏も注目されている。
時代を読み、iPadやiPhoneというNTT docomoも欲しがる「兵器」を手に入れたことは、孫氏の力でもある。
しかし、App StoreやiTunesなどのソフトウェアの生態系(エコシステム)も含めた、iPod, iPhone, iPadそのものを実現したことについては、孫氏やソフトバンクがすごいのではなく、Appleのスティーブ・ジョブス、Appleをはじめとする開発者やスタッフがすごいのだ。
iPadにおいては、孫氏やソフトバンクがすごい(開発に深くかかわった)わけではないといった(孫氏を褒め殺しではなくきちんと褒めるニュアンスを込めての)主張は、twitterで読んだのが初めてだが、これには当時も今も私に考えさせる内容である。

最後に、孫氏に限らず誰の言葉であっても(その言葉が胡散臭そうであればなおのこと)、言葉の行間を読み、真意をつかんだり隠れた主張を理解したりすることは、私も意識したい。

「REALITY LAB 再生・再創造」展@21_21 DESIGN SIGHT

先週・27日に東京ミッドタウンへ行き、21_21 DESIGN SIGHTの「REALITY LAB 再生・再創造」(http://www.2121designsight.jp/program/reallab/)展を見る。

132 5. ISSEY MIYAKEがメインで、これが美しい。
132 5. ~は、コンピュータ折り紙で有名な三谷純氏がISSEY MIYAKEとコラボレーションして誕生し、今回の展示会のタイトルにもあるREALITY LABが、三宅一生氏とともに生み出した女性向け新ブランド、とでも書けばいいのか。
折り紙の技法がファッションで生きるとは。
(132 5. ~の登場に合わせたプロモーション的展示ではあるけれど)

この展示で鍵となっているのが、地球環境である。
132 5. ~で使われている布は、「再生」ポリエステルである。
再利用により地球環境への負荷を軽減しているという。
そのことが採用の理由だろう。

期間限定の「はやぶさ」1/2模型の展示もあった(すでに終了)が、これは地球環境を考える1つのきっかけになるだろう。
http://www.2121designsight.jp/program/reallab/works.htmlには、「松井は私たちが、宇宙や地球という視点から人間そのものを俯瞰することの重要性を指摘します」とある。
はやぶさは、その象徴の1つとして、隕石などとともに選ばれたのだ。
(はやぶさの展示には、科学技術の大切さという意図もあるだろうが、それは本題とややずれるだろう)

現代では、ファストファッションのように、ただ消費されるだけで使い捨てともいえるファッションがもてはやされている。
よいものを長く使うといった価値観が薄れつつある現状の中で、資源に限りがあることに目を向けなければならない。
一方で、ファストファッションなどの影響で、今までのファッションに関わってきた産地の人たちは苦しい状況にある。
海外生産の増加、人材流出、工場閉鎖、技術の断絶など、挙げればキリがないだろう。
この展示、いや132 5. ~で伝えようとしたことは、限りある地球資源とファッション業界の不振という、一見繋がりそうのない2つの問題に対する解決策である。
最新技術で実現した再生素材から、コンピュータ折り紙によって全く新しい服を「再創造」しようとすることで、服作りの各過程にかかわる人達には喜びを与え、着る女性には驚きをもたらす。
それが「132 5. ISSEY MIYAKE」という解決策なのだろう。

※展示会の様子はこちらの方のblogが詳しい
REALITY LAB ― 再生・再創造

"これも自分と認めざるをえない"展@21_21 DESIGN SIGHT

21_21 DESIGN SIGHTで開催されている、「"これも自分と認めざるをえない"展」(http://www.2121designsight.jp/program/id/)へ行ってきた。

「"これも自分と認めざるをえない"展」は、11月3日で展示が終わることが関係しているか定かではないが、会場には行列が。
そんなに観るのに時間がかかるのか、と思っていたが、体験型(インタラクティブな)展示が多いことを知り(行く前にちゃんと調べておけよ、というツッコミはなしで)、それも納得。
結局、会場に入るまでに30分ほど待つ。
その間、係の方(学芸員?展示員?)から会場のマップをいただく。
どんな展示かは書いていなかったけど。

上で書いたように、体験型展示が多いので、見るのは時間がかかる。
まず、展示を見始めるまでに時間がかかる。
名前の入力、身長と体重の測定、虹彩の撮影などを行う必要があるからだ(これはパスできるが、一部楽しめない展示も出てくる)。

会場の中は、人が多いことも相まって、見るのも少し疲れる。
ただ、インタラクティブな展示は面白い。
例えば、ゲート上にあるカメラで性別や年齢を認識し、その結果に応じたドアが開き先へ進める、「属性のゲート」。
男女、年齢(29歳未満と30歳以上)、笑顔かどうか、の計3つのゲート、それぞれ2つのドアがあり、どちらか一方(例えば男性なら男性の、女性なら女性のドア)が開く。

画像処理/認識屋(今は「元」が付きそうだけど)の私が気になったのは、「2048」。
これは、音声の案内に従って虹彩をスキャンすると、入口で入力した自分の虹彩の情報を照合し、同じく入口で入力した自分の名前が表示される、というもの。
身長と体重で人物を認識する展示の「属性の積算」という展示があったが、そちらのように2人に1人くらい間違った認識をするのとは異なり、並んでいる間に見た10人~20人くらいは全員的中していたようだ(文末の「参考」を参照)。
認識された自分の虹彩は、0と1が円形に並んでいる形で示される。
なお、内周は小さな字で、外周は大きな字になっている。
きちんと数えていないけど、内周も外周も0と1の数は同じかも。
さらに、画面に表示されているその虹彩の認識結果を、黒板消しのようなもので消すように音声で指示される。
その指示に従って画面を黒板消し(?)でこすると、0や1の情報が削られるが、それでも人物を認識している。
ある程度消すと、「もうあなたではありません」という日本語と英語のアナウンスが流れ、終了する。
虹彩認識は、多少の情報欠落にも強い認識方法のようだ。

あと、(私にとっては今さらだけど、)虹彩は0と1の2値で(つまり画像なら2値画像)、かつ内周と外周は同じビット数で記録されていることを知る(この展示で使われている装置だけかも知れないけど)。
よくあるデジタル画像のように、方眼紙に色をつけるようなやり方だと、虹彩はうまく情報を記録できないのかも。

展示の内容は、期待していたよりも面白かった。

・参考
虹彩の個人識別率は、誤認識率が約10^-6(=10^-4%=0.0001%)であることから計算すると、100%-0.0001%で約99.9999%である。これは、顔認識の精度である99.9%よりも高いとのこと(http://www.cl.cam.ac.uk/~jgd1000/irisrecog.pdf)。

GAPのロゴ変更騒動で得たもの

SPAで有名なGAPが、ロゴを変更したものの大不評で、すぐにクラウドソーシングで新ロゴの募集を呼びかけるもまたまた不評で(参考: http://frozenport.blogspot.com/2010/10/gap-logo.html)、結局元に戻すことに。
- GAP LISTENS TO CUSTOMERS AND WILL KEEP CLASSIC BLUE BOX LOGO
http://www.gapinc.com/public/Media/Press_Releases/med_pr_GapLogoStatement10112010.shtml
- 米GAP、ロゴ変更を断念 ネット上に非難殺到
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/101013/mcb1010130504018-n1.htm

新旧ロゴの比較はこちらから。
http://www.brandchannel.com/forum.asp?bd_id=137
Helveticaのフォントによる"Gap"、その上にうっすらとグラデーションのかかった青い正方形を配置したもので、会社いわく「未来的」とのこと。
また、ロゴ変更の理由は20年以上使ってきたからという。
とはいえ、新ロゴについては「これなら小学生でもデザインできる」、「ブランドイメージが十分定着しているのだからロゴ変更の必要はない」、「GAPのポリシーや進むべき道が見えない」なんて意見もあるようだ。
私はそこまでの意見には至らなかったが、何度も見ていると他の方の指摘のようにカッコ悪く見える点は同意。

この騒動で思い出したことをいくつか。

GAP新ロゴで使われているHelveticaとそのフォントファミリー(ウェイト: 太さの違いやOblique: 斜体の有無を含む)は、日本企業ではTOYOTA, Kawasaki(オートバイなどの), Panasonic(かつてあったNationalも、SL-1200シリーズが有名なTechnicsは別)など、世界ではBMW, Microsoft(一部変形)など、数多くの会社のロゴで使われている(以下参照)。
- 40 Excellent Logos Created with Helvetica
http://www.webdesignerdepot.com/2009/03/40-excellent-logos-created-with-helvetica/
GAPと同じファッション関係では、COMME des GARÇONS(とその派生ブランドのほとんど)やAmerican Apparel(前述の"40 Excellent Logos Created with Helvetica"も参照)のロゴも、GAPと同じHelveticaである。
同じフォントを使いながら、他の会社は特に文句もなく、広く受け入れられているのに、Gapがダメダメだったのは、上で書いた理由以外になにがあるだろうか?

あと、TOYOTAとBMWのロゴのフォントが同じというパターンはひとまず置いておき、今回のGAPのように同業他社と同じフォントを使うのは、イメージが重なるので、個人的には避けるべきと考えるが、どうだろうか。
これは、TOYOTAとNISSANのロゴのフォントが同じ、なんてことがまず考えにくいのと、同じ理屈。

これと関連し、その昔ソニーもロゴを変えようとしたが、結局変更しなかったことを思い出した(http://www-dg.setc.wani.osaka-u.ac.jp/scshp/rogo1.htm)。
稀なケースだけど、こういうこともある。

新GAPのロゴを真似たロゴを作れるサイトも登場。
http://craplogo.me/
ちなみに、これでGapのロゴを生成すると、微妙にオリジナルと違うものが作られる。

その他、ユニクロはGAPを手本にしていると言われ、業態など共通点もあるが、正方形のロゴが用意されている点もGAPと共通。
現在のロゴは佐藤可士和氏によるもので、従来からあったロゴをリファインしている。
ただ、ユニクロは上のようにロゴを並べるとGAPと似ているように思えるが、店の中身はGAPとは違った方向性を持っているようだ。
実際、ユニクロはジル・サンダー氏と組んだブランド・+Jを立ち上げるなど、様々な試みをしている。

ということで、ソニーの例のように、会社のロゴの変更は簡単なようで難しいのかも知れない。
ロゴはコーポレート・アイデンティティやビジュアル・アイデンティティにおける重要な要素であり、まさに会社の顔の1つ。
ブランドイメージが十分定着しているのであれば、ロゴを変更する場合、それなりの覚悟がいるようだ。
また、ロゴは会社のポリシー・姿勢や進むべき道、そして魂を体現すべき。
そんなことを、今回の騒動から考える。

服装に気を使う意味

11月号のGQの特集で、スーツが取り上げられていた。
40万円オーバーのRalph Laurenなどが載っている。
数十万円単位のスーツを着るのが当たり前の、GQの読者層らしい紹介というべきか。

特集には、例えば「成功者のしたたかな計算に学べ。」の記事に書かれている「トップが安物を着ていては、部下も服装に手を抜くし、会社そのものが安く見られる」など、ためになることが色々と書かれている。
服装(ファッション)に気を使うことは、自分を飾ったり、自分(や会社)が安く見られたりしないようにするためだけでなく、それ以上に相手(お客さん)に対し礼を尽くし、文字通り失礼のないようにするため、そして相手を引き立てるために必要なことだからだ。
ヨーロッパでは、仕事をお願いするときに、相手の服装も見るという。
いい服装であれば、その人はお金をもたらしてくれそう、というのが理由だ。
また、あまりに服に気を使わないことで、自分が低く見られるのは損である。

ファッションは自分を写す鏡である。
また、正しいマナーで正しい着こなしをすることも含め、ファッションに気をくばることは、相手を配慮したり敬意を払ったりするためにも必要なことでもある。
葬式に明るい服を着るといった、場違いな、あるいは空気を読まない服を来ている人は、マナーを守らない礼儀知らずの非常識で、かつ身勝手な人と見られるだろう。
勝間和代が「ファッションは自分のためでなく相手のためということが分かった」とスピーチしたら審査員に笑われた、というエピソードが新聞に載っていたが、まさにそのとおりである。

そのほか、流行にとらわれすぎたり、あまりに見た目がみすぼらしすぎたりするのもいけない。
もちろん、いい服を着ているからと言って、中身がそれに伴っていないと、見栄を張っているだけで、かえって見苦しい。
「あの人は、流行に流され、自分が確立されていない。信用・信頼に値しない」「あの人は似合いもしないくせにブランド品に身を包む、格好だけの人。金で見た目を買っているだけで、中身がない」と見透かされるときの、自分の虚しさを想像してみるといい。

TPOも重要になる。
例えば、高い服装では敷居の高さも感じてさせてしまう場合、そこはケースバイケースで対応が必要だろう。
また、IT企業の中には、私服を着るのが文化というところもあるので(スーツを着てコーディングするのは大変なのだ)、そこもケースバイケースが必要だろう。
ただし、その私服も、安いものばかり着たり、シルエットや色合い、組み合わせなどに無頓着だったり、ということがないようにしたい。

他に私の経験から書けるのは、いい服を着ることで、それに見合った仕事をしなければ、と思うようになることである。
自分の身の丈に合った範囲で良い服を買うことで、身も心も引き締まるからだ。

ファッションにお金を掛ける必要は全くない。
だがファッションは、自分ではなく、他人のためにするもの。
これらを肝に命じ、ファッションといううわべにとらわれるのではなく、その下に隠れる見えないものをしっかりと捉えたいと、私は思う。

ソフトウェア開発は1人から?複数で?

「ソフトウェア」「システム」を作るとき、小さいものであれば、ひとりのほうが早いという主張がある。
他人にお願いすると、仕様を書いてもそれを理解してくれるかどうかわからない、などの理由が根拠にあるだろう。
優秀な人にお願いすればいいかも知れないが、見つかるかどうか、見つかっても引き受けてくれるかどうかは別の問題である。
他人の協力を引き出したいのであれば、まず自分で作り、ある程度出来上がったり自分の手で負えなくなったりした時点でお願いすればいい、と考える人もいるだろう。
ある程度まとまった時点で、オープンソースにして協力を仰ぐという方法もある。
オープンソースにする予定のないアプリケーションでは無理だろうけど。

一方、裏を返せば、大規模なシステムを創り上げるには、1人の力では限界がある。
巨大なオークションサイト、大企業の社内情報システムなど、一から構築しようとなるとまず無理だろう。
既存パッケージをカスタマイズするのであれば1人でもできないことはないだろうが、データベースのエンジン本体のように、その既存パッケージそのものを作ることは厳しい(Oracleと同じ機能だとどれだけの時間がかかるだろう。MySQLなどオープンソースのものはあるけど、仮に1人で開発を開始したとして現時点でも1人で開発しているとは思えない)。
いくつかの既存パッケージを組み合わせる、なんてことになると、それぞれのパッケージそのものを作ることはもっと大変になるはずだ。

とはいえ、多くの人が必要になるという状況で、「仕様書がきちんとしているならば、コーディングをする人はだれでもいい」といった考えは、一歩間違うとITゼネコンの跳梁跋扈を許すことにつながるのだろう。

「下手の考え休みに似たり」というから、あれこれ考えるよりも自分で手を動かす(コーディングする)のが、ドッグイヤーでコモディティ化が進む(難しい技術は共通化され、中身を知らなくても使える)現代では大切な事か。
あとはコーディングのスピードも重要である。
セキュリティなどを含む信頼性が欠けたり、バグが多かったりしても、β版という免罪符を付けてまず世の中に出していかないと、先を越される。
このような考えがあるのもまた確かだ。
だからといって、コーディングは早いけど不正確で行き当たりばったりだったり、あまりに殻に閉じこもってコミュニケーションを取らなかったりは良くない。

自らコーディングするとともに、コミュニケーションも怠らず、技術を積極的にキャッチアップすることが、現代では重要である。

宝塚のショーは続く

休み中、TVでたまたま宝塚(月組)の舞台を放送していたので、つい見てしまった。
2007年のものなので、トップは瀬奈じゅん(現在は退団)。
こんな構成。
http://bbkids.cocolog-nifty.com/takarazuka/2007/08/mahorobayamato_a2ef.html
http://bbkids.cocolog-nifty.com/takarazuka/2007/08/post_0a46.html
舞台に登場していた女性が全員輝いていたのが印象的だった。
だが、舞台では輝いているように見えて、その裏では人には言えない苦労や熾烈な競争が、おそらくあるのだろう。
自分がどのような状況にあっても、舞台に立てば笑顔を見せてショーを続けなければならない。
そんなことを、ふと考えてしまった。

今日のBGM
QUEEN "The Show Must Go On"

PS 瀬奈じゅんの「瀬奈」はF1ドライバーのアイルトン・セナからとったことは知らなかった

高くてもよいものとMade in Japanへのこだわり

「景気が悪い」という言葉が当たり前になり、「お金がない」との嘆きの声が聞こえてくる中、私は安いものばかり求めてしまいそうになる。
でも、こういうときだからこそ、電気製品、自動車、ファッション、食べ物など、高くてよいものにこだわらなくてはいけないのかな、と考えてしまう。
それがMade in Japanであればもっといい。
食べ物なら、まず地産地消、難しければ他の都道府県産(国産)を、といったことだ(この場合は、地元を大切にできるだけでなく、食料自給率が向上し、かつフードマイレージを減らせ、地球環境の保護にもつながるだろう)。
確かに、いいものでかつ日本製は高く、時には贅沢になるかもしれない。
でも、高くても日本で作られたものを買い続けることにより、そのことがデフレスパイラルの解消になるなど、回りまわって自分たちにも返ってくるのではないか。
加えて、物の適切な値段を考えるきっかけにもなる。
高ければいいものではないが、安ければいいわけでもないのだ。

ただし、あまりにも身の丈に合わない贅沢となることや(本題とずれるが、ファッションはうわべだけよくても……)、自国保護主義になる(日本だけがいい思いをする)こともいけない。
これはMade in Japanに限った話ではなく、海外のものにも当てはまるが、高くてもよいものや丈夫なものにこだわって買えば、長い目で見ればプラスになるかも知れない。
長持ちするからすぐにものを捨てずに済むことや、安物買いの銭失いにならない、という面で。

「正しい道を進む信念」をフィンケ監督から改めて考える

以前、「二兎を追うものは一兎をも得ず」と正しい道を進む信念(http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-382f.html)という日記を書いた。
そこで、レッズのフィンケ監督の言葉を引用したが、改めてここで書く。
(元: 【島崎英純の浦和論究】将来に向けての大切な「土台」)
http://news.livedoor.com/article/detail/4557244/

「今年に入って、とても多くのことが変わりました。わたしたちはさまざまなことを変革してきたわけです。(中略)もちろん、これだけさまざまなことを変革していきますと、とても困難な時期が訪れることはよくあることです。しかしわたしたちは今年、とても多くのステップを踏むことができました。そしてわたしたちは確実に前進しています。(中略)もちろん、さまざまな改革を進めていきながら、同時に優れた結果を残したいということはよく分かりますが、長いサッカーの歴史、そしてこの長い歴史から生まれた、ある程度の常識という部分から言えば、これは困難であることは皆さんも既にお分かりであると思います。もちろん、わたしたちもできる限り早く結果を残したいという考えがありました。しかし今、わたしたちは将来のためにこの道を進んでいるわけです。そしてこの道は正しい道です。そして近い将来わたしたちは再び、優れた結果を残すことができるようになるでしょう」

上の日記では、「『様々な改革』(=コンビネーションサッカーの導入: 『個の力』に頼らない、など)と『優れた結果』(=タイトル獲得)の二兎を追う時期ではない」ことや、「『この道は正しい道』、『近い将来、私たちは再び優れた結果を残すことができるようになるだろう』という信念」に触れた。
しかし、「さまざまなことを変革していきますと、とても困難な時期が訪れることはよくあること」という視点は抜けていた。
その部分が、今回新たに引用した箇所である。

改革・変革を進めていくためには、確固たる信念を持たなくてはならない。
信念こそが、我慢が必要な場面を乗り越えられる。
また、改革を進めていく際は性急に結果を追い求めたくなる、あるいは求めざるを得ないこともあるだろうが、「急がば回れ」ということわざもある。
たとえ困難な時期が訪れようとも、それを乗り越えるメンタリティがあれば、「様々な改革」が「正しい道」であるという確固たる信念を持ち続けられ、「確実に前進」することができるだろう。

«「二兎を追うものは一兎をも得ず」と正しい道を進む信念

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