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August 2005

駒大苫小牧の優勝は有効

駒大苫小牧の優勝は有効、部長は有期の謹慎処分。
生徒の努力が無駄にならなかったという意味ではよかった。
優勝取り消しなどの「連帯責任」はやりすぎだと私は考えているからだ。
だが、隠蔽という事実から考えると、罰は軽い気がする。

まず、「暴力があった」との電話があってもそれを隠した、校長・教頭始め学校側の責任がある。
前の記事の
駒大苫小牧野球部部長が暴力
で書いたように、結果として早めに高野連へ連絡すべきだった。
「出場停止はいや」だから報告したくないかもしれないが、そうし続けると隠蔽になる。
これも記事で書いたことだが、自分たちはじめ、ほかの高校に動揺を与えたくないから報告を先延ばしにしたのかも知れない(実際はどうもそうではなさそうだ)が、だからといって黙っているのが許されるわけではない。
校長・教頭以下関係者は、自分の取った行動が殴られた生徒はもちろん、何の罪もないはずのほかの野球部員をはじめ、学校の生徒、駒大苫小牧を応援してきた苫小牧・北海道・全国の人々にも影響してしまった事実を重く考える必要がある。
ゆえに、駒大苫小牧、その校長および教頭らには隠蔽に対する罰金を科すなどのことができなかったのだろうか。
野球部などは警告の対象らしいが、それ以上の罰はない。
罰を与えればいいというものではないが、隠蔽するなど問題のある高校には毅然とした態度を取ることを、罰金などの形で示すことができなかったことが残念だ。
学校側では内部処分を検討しているようだが、私は数ヶ月の減俸処分の可能性が高いと見ている(追記: 減俸はなく、校長は自主的に手当を返納するとのこと)。
校長や教頭が自ら辞任するような雰囲気ではなさそうだからだ(実際、校長は「辞任は考えていない」と述べたという報道がある)。
即時辞任と責任放棄は紙一重だ。
辞任で責任が取れ、問題が片付くなら簡単でいいのだが。

一方で、些細な暴力でもいちいち高野連に報告しなければいけないというのも面倒だろう。
暴力は悪いという前提で、必要最低限の愛のむち位は多めに見てやりたいものだが、暴力と愛のむちを分ける評価には主観が入るので難しいか。
もっとも、殴った側と殴られた側双方に信頼関係があり、かつ「愛のむち」だと納得しているならいいのかもしれない。
それ以上に、「高校球児を神聖視している」ような意見が出ることにもここの問題が隠されているだろう。

次に、部長は無期の謹慎処分とすべきだった。
いくら生徒が悪くても、先に手を出したのは部長。
これも
駒大苫小牧野球部部長が暴力
で同様のことを書いたが、仮に殴っても、部長からも早めに暴力を振るった事実を監督なり誰かなりに伝えていれば違った展開もありえたことを考えると、有期の謹慎処分は甘い。
もっとも、部長はスポニチの記事によれば22日付で辞表を出し、さらに大会の参加章と優勝メダルを高野連へ返還したとのこと。
自らの行動が事件と直接関係ない校長・教頭、監督に迷惑をかけたのは事実だ(ただし、暴力事件に対する対応という意味では、前述のとおり校長らの責任は免れない)。
さらに、社会的に多大な悪影響を及ぼしたことを考えると、辞任で責任を取ることは当然だろう。
現在の状況では、辞任が責任をとるベストの方法とは必ずしも言い切れないが、仕方ない。
反省した上で、再び野球に携わってほしいものだ。

香田監督の処分もないようだ。
監督は部長に重ね重ね暴力はよくないと語っていたようだが、現実には暴力が起こっており、ただのいいわけにしか聞こえない。
直接関係していない監督に責任を負わせるのは酷だという意見もあるかもしれないが、仮に処分がなくとも、監督は何らかの形で責任を取るのが筋だ。
もっとも、監督は全日本選抜の監督を辞退したという。
それが処分に影響したのかもしれない。
同時に、監督も何らかの責任を感じているのだろう。

せめてもの救いは、この不祥事が一部の野球部の人間によるものらしいということか。

最後に、殴られた生徒のこれからが心配だ。
体の傷だけでなく、心の傷も深いことだろう。
それを和らげる手立てを駒大苫小牧がどれだけ考えているかはわからない(支援はするといった報道はあるようだが)。
高校側の責任は重い。
もっとも、部長の言うように練習中の態度が悪かったのが、学校側の隠ぺい工作としての発言や部長の自己保身目的の嘘ではなく、事実であれば、生徒にもある程度の責任があるだろう。

駒大苫小牧野球部部長が暴力

情報を知るにつれ、コメントしたくてもする気が起きなかったのだが、
やはり気になるので。

主観や憶測が数多く入り、また新聞などの記事を見て書いているので(新聞の記事の真偽まではなんともいえないが、うそはうそと見抜けなければならない)、事実ではないことが書かれているかもしれない。
それでも極力事実と異なることは書かないように注意しているつもりだ。
また、特定の人間を貶めるつもりもない。
表現の至らなさなどが原因で、意図せずしてそのような文となったとしたら、深くお詫びする。

・暴力はよくないことは論を待たない。
暴力が暴力を生む、悪い連鎖が起こることもある。
だが、教育目的のため、悪いことをしたときにたたく(たたかれる)ことは、たたく理由が重大かつはっきりしていて(たとえば万引きを繰り返していた、同級生を暴力でいじめ、重傷を負わせりPTSDにさせるなど)、またたたく人が今までたいしたことでもないのに暴力に訴えるなど頻繁に暴力を振るうことがなければ、許されるだろう(たとえば、父親から殴られた数が少ないほど、殴られた原因の重大さが伝わるのではないか)。
暴力がどんなものか、痛みを与えて(受けて)知ることも必要だろう。
体罰と愛のむちは違う。
ただし、言葉の暴力もあるが

・部長は、練習中へらへらしたり、反抗的な態度を取ったから、あるいは3杯がノルマのご飯を2杯でごまかしたから、生徒をたたいたという。
すぐに力に訴えるのは問題外だが、生徒の態度が不真面目というのが事実で、かつそれが頻繁であれば、生徒の悪行が蓄積したことが引き金となり(殴る前に起こったことはきっかけでしかない)、部長の堪忍袋の緒が切れたのも無理はない。
生徒の態度がまじめなのに殴ったとしたら、部長が生徒に私怨やねたみがあるのが原因かもしれないが、部長の本心はわからない。
または、学校側の隠ぺい工作の可能性がある(不真面目だからたたいたとうそをつけば、処分が軽減されるかもしれない?)。
部長も本当なら殴らずに済ませたかったが、ここできちんと怒り殴らなければ生徒のためにならないから殴ったと信じたい

・部長が支配欲が強い人だったり、些細なことですぐに暴力を振るう人ならば、ほかにも殴られた人がいてもおかしくない。
だが、今のところいないようだ。
本当はいるが学校から口止めされているのか、前述のとおり殴った生徒にだけ私怨があったのか、あるいはただの部長の憂さ晴らしで、殴られた生徒はただのスケープゴートでしかなかった(もし部長が憂さ晴らしに人を殴るような人間だとしたら、人間として最低の部類だ。いや、人間の姿をした悪魔だ。部長はそうではないと信じたい)などは、外部の人間はわからないが。
ただ、部長は生徒からの評判は悪くないようだ

・生徒の証言では、殴られた生徒は反抗的だったなど、部長に同情的な発言をしていたようだが、それが事実なのか隠ぺい工作なのか第三者が知る由はない。
反抗的なのが事実で、またその態度が頻繁であり、野球部の士気を下げるなどの悪影響が頻繁にあったのならば、生徒が殴られたとしても仕方ない(だからといって殴ればいい問題ではないが)。
野球部の士気を下げるような人間なら、殴られた生徒は村八分のはずだ

・駒大苫小牧は、野球部で暴力があったことは高野連などに報告すべきだった。
暴力の発覚が大会中だったことを考えると、早めに報告しておけば、駒大苫小牧はじめほかの高校(特にその生徒)に悪影響を及ぼさないように、報道機関に対して報道の自粛をお願いしても許されたかもしれない(本当はよくないだろうが)。
駒大苫小牧は関係者に迷惑をかけないように隠蔽したというが、産経新聞の言葉を借りれば、「配慮のはきちがい」。
被害者の父親いわく、「試合が終わるまで公表を控えてほしい」と高校に言われたとのこと。
生徒に悪影響を与えかねないから、と説明した上で要請したならまだ理解できるが、隠蔽目的なら許せない

・明徳義塾は出場を辞退したが、これは生徒の喫煙などが原因だ。
駒大苫小牧の事件では部長が暴力を振るったことなので、2つの事件は分けて考えたい。
基本的に生徒は悪くない(不真面目な態度が事実なら生徒もよくないが、暴力で抑えるほどではない)。
だから、私は優勝取り消しや秋の大会(事実上の選抜予選)出場停止はしてほしくない。
ただ、隠蔽には重い処罰を下すのが高野連の方針なので(私も当然と考える)、それは仕方ない

・証言が二転三転するようでは、学校側の隠蔽工作と取られても仕方ない。
現に、学校側の態度は隠ぺい工作を示唆しているようだ。
学校は「3,4発」と発表した(処分の軽減を図るための過少申告との見方がある)が、部長は「30~40発張ったということはないが、そういうなら反論はしない」(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050823-00000015-nks-spo)、「10発以上殴ったかもしれない」旨の内容を語ったという。
私は、10発以上もたたくようなら愛のむちとは呼べないと思う。
一方で、被害者側も殴られた回数を過大に発表している印象も否めない。
問題は回数ではないことは確かだが、被害者も加害者もウソの報告はいけない

・校長が出ないで教頭がでてきたことが、胡散臭いと感じる人もいるようだ。
ちなみに、教頭は圧力に近い発言をしたと謝罪している。
だからといって教頭も部長と同様、悪の枢軸、諸悪の根源の1つだと決め付けることはできないが

・マスコミや生徒の父親が騒ぎすぎ、問題を大きくしているのかもしれない。
この文章を書くことも問題を大きくしているかもしれないが

・生徒とその親は部長の謝罪があればそれでよいという。
部長は生徒に謝ったというが、それだけですまないだろう。
誠意を見せ、何らかの責任を取るのが筋だろう。

本題とはややずれるが、「精神的・肉体的に未熟で、エラーもあり、時には連投もある高校生の野球をテレビで放送すること自体、高野連の体罰。健全な指導の前にやることがある」のような意見もあるようだが、私は違うと思う。
野球に限らず、どんなスポーツにもエラーはある(プロ野球だってある)。
その上、高校生の立場から見たら、自分たちのプレーをたくさんの人に見てもらいたい、高いレベルの大会へ出たいなどもあるだろう。
むしろ、高校生をダシにして金儲けしようなどと考えることなどのほうがよくないだろう。

選挙戦が進む

選挙戦が進むが、私が肝に銘じたいことは1つ。
誰の言葉か忘れたが(検索エンジンで検索しても出てこない。探し方が悪いのだろう。わかる人教えてください)、
「優れた政治家は優れた国民が作る」。

駒大苫小牧・連覇おめでとう

昨年の北海道勢初優勝といい、今年の連覇といい、
駒大苫小牧は新たな歴史を作るチームだ。

夏の連覇は57年ぶりだという。
2年連続決勝進出でさえ大変なことを考えると、相当難しいことを成し遂げた。

今後、おそらく駒大苫小牧は春夏連覇を狙うだろう。
春の高校野球はまだまだ先だが、これからも期待。

夏の高校野球の覇者は……?

乱打戦で逆転の連続の中、宇部商を振り切った京都外大西と、
優勝候補の一角・大阪桐蔭を破った昨年の覇者・駒大苫小牧。
夏の高校野球の決勝はこの2チームが激突する。

京都外大西には勢いがある。
駒大苫小牧には王者の風格が漂う。

京都外大西が勝てば初優勝、
駒大苫小牧が勝てば2連覇。
2連覇達成なら57年ぶりの快挙だという。
また、京都勢が勝てば49年ぶりの優勝とのこと。
参照

勝負の予想だが、1(2)回戦からこれまでの試合内容、京都外大西は駒大苫小牧よりも1試合多く戦っていることなどを考えると、駒大苫小牧が有利と見る。
果たして、夏の高校野球の覇者は……?

無事帰還しました

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昨日、無事帰還しました。
どこへいったかはあえて秘密(といってもわかる人にはわかるか)。

写真はそのときのもの。
もう少しきれいな夕焼けが撮りたかった……

最近の携帯はシンプルがはやり?

私は、高く評価されるデザインはたいていシンプルなものが多いと感じている。
たとえば、Macのデザインも、最近は本当に無駄なものを省き、シンプルな形をしている。
実は私はPowerBook G4の12インチ(2004年4月に出た1.33GHz)も使っているのだが、本当にシンプルな作りだ。
今までいろいろなノートパソコンを使ってきたが、現行のPowerBook G4のデザインには惚れ惚れする。
(ちなみにこのblogを書いているのに使っているマシンはDellのデスクトップだが……)
自動車のデザインは、どのメーカーもここ数年は単純なラインで構成されている印象がある。
大型テレビなどの電気製品もそうだ。
ほかにも、近未来的なデザインのものはなんとなく無駄なものが省かれているのは、私の気のせいだろうか?
もっとも、シンプルだからデザインがいいというのは必ずしも当てはまらないかもしれない(特に洋服などの場合)。複雑なものでもよいデザインのものはたくさんある。

携帯電話でも、ここしばらくはシンプルなデザインがもてはやされているようだ。

au Design Projectの携帯(INFOBARW11KtalbyPENCK)は、ほかの携帯のようにごちゃごちゃしていなく、シンプルで洗練された造形だという印象があった。
VodafoneのKOTONudioにも同じような印象を受けた。
一方で、TU-KAのツーカーSは液晶画面を省き、キーも10キー、#、*、「通話」、「切」の14個だけと、操作系をシンプルにしている。自然とデザインもシンプルになった。
DoCoMoはデザインに力を入れると明言したのは、900iシリーズあたりからだという印象がある。
確かにP900iやN900iをはじめ、多くの900iシリーズがグッドデザイン賞を取っている。
ちなみに、ツーカーS、KOTO、INFOBAR、talbyもグッドデザイン賞、KOTOはさらにiFプロダクトデザイン賞を取るなど、各種デザイン賞に選ばれている。
もちろん、賞を取っているからといって必ずしもすばらしいとはいえない。
デザインの賞だけで見るなら、デザインに特に力を入れる以前から取っているメーカーは多い。

最近のDoCoMoの携帯で気になるのが、N701iP701iDだ。
写真で見る限り、この2つはなんとなくデザイン、というよりも雰囲気が似ている。
無駄な装飾をできるだけ省いている、キー配置などだ。
特に、P701iDは「クリア」ボタンをN701iを含むほかの携帯と同じようにカーソルキーの下(通話キーと終話キーの間)に配置した(同じPシリーズでも、P900iなどではカーソルキー右)。やはり、この配置のほうが使いやすいという表れかもしれない。
余談だが、最近の携帯電話のキー配置は、中央上にカーソルキー、カーソルキーの真ん中に選択キー、カーソルキー下は左から順に通話キー、クリアキー、終話キー、そして中央から下部にかけて10キー、#、*というのがほとんどだ。
キー配置やインターフェイス(4方向カーソルキーだけでなく、ジョグダイアルやDoCoMoのDシリーズにあったセレクターなど)はいろいろなものが出てきたが、4方向カーソルキーを利用した上の配置に収れんしつつある(ジョグダイアルを携帯に使ったソニー(エリクソン)も、最近はW31SやPreminiシリーズのようにカーソルキータイプが多い)。
操作系は慣れの問題もあるが、これが一番使いやすいのだろう(少なくとも私は)。そして、それを選んだのは利用者たちだ。
キー配置は最近どのメーカーも同じような感じになっているのは、こういった理由もあるのだろう。

DoCoMoからこういったシンプルなデザインの携帯が出たということは(特にP701iDはauよろしく外部デザイナーに依頼している。2番手だと二番煎じといわれてしまうのは真似する側の宿命)、遅まきながらようやくDoCoMoもデザインの重要性に気づき、900iシリーズのとき以上に力を入れてきた、ということか。
私は今N901iSを使っている(以前のblogを参照)。デザインは高級感があり、スピリットブラックの色使いも悪くはないが、すっきりとした印象を私は持たなかった。talbyやP701iDなどのように、無駄な贅肉をそぎ落としたデザインなら文句なしだったのに……
(とはいえ、着信メロディや電話帳など、機能の面などでも多少不満な点はあるが、N901iSは全体としてよくできた携帯だと思っている)

旅に出ます

もうじき、心の洗濯をしに出かけます。
旅の時間を使って、ついでに読書でもしようかと思います。
探さないでください……

iTunes Music Storeがオープン

(2005/9/18, 9/21修正)
ついにiTunes Music Store(iTMS/iMS)がオープン。
ご存知のとおり、iTMSは音楽データを販売する、いわゆる音楽配信サービスで、2003年4月にアメリカで始まったのを皮切りに、ヨーロッパなど世界各地で事業を繰り広げている。

この音楽配信サービスは新しいものではない。
music.co.jpは1997年に日本で始めて音楽配信を開始したという。
リキッドオーディオ(アメリカ)は1999年の時点で音楽配信を開始していたようだ(参考)。
また、1999年にはNTTグループと神戸製鋼がSolidAudioという音楽配信サービスを行っていたらしいが、2年後の2001年には終了している(参考)。
ソニーグループの音楽配信事業、bitmusicは1999年末のスタートである。
もっとも、2000年以前は非可逆圧縮フォーマットの音声ファイルの再生(デコード)はまだしも、作成(圧縮、エンコード)を行うにはCPUが非力であった。
おまけに、通信回線は現在のように定額・常時接続・高速が当たり前という時代ではないので、いくら非可逆圧縮フォーマットで音声を圧縮しても、ダウンロードに時間はかかる、金もかかる(特に通信料金はデータ量に比例する場合)で話にならない。
それゆえ、数年前は音楽配信を受け入れる素地が整っておらず、bitmusicはまだしも、SolidAudioなどは登場するのが早すぎたのではという印象がある。

(追記)
ここで考えたいことは、音楽配信は音楽と再生機器のそれぞれの販売により、相乗効果を生むのだろう。
iTunesもiPosもそれぞれ単独で十分よいものだが、やはりiTunes/iTMSはiPodあってのものであり、また逆もしかりだ(新型iPodシリーズの登場にあわせiTunesのバージョンがあがることなど)。

とにかく、音楽配信市場に世界で大きな影響力を持つiTMSが、(ほかのメーカーが影響力を大きくし)遅きに失する前に参入したことで、日本における音楽配信はビジネスとして大きく広がるかもしれない。
アメリカなどに比べるとその流れは遅いのだろうが。
ただ、iTMSの影響は大きいようで、事実ほかの音楽配信サイトは値下げを始めた。

私が気になる点は、(未圧縮のデータである)CDではなく、(音質が低下する非可逆圧縮形式の)音楽データそのものをオンラインで販売するということは、CDよりも音質は落ちるデータを買わされるということだ。
しかも、あまり問題にならないようだが、CDのジャケットや歌詞、解説などが必ずしも手に入るとは限らない(ディジタルデータとして手に入る場合もあり)。
CDを買うということは、単に音楽を買うだけでなく、ジャケットや歌詞カードなども買うという意味もあるはずだから、音楽配信で音楽を買うことはCDを買う場合に比べ損をすることもあるだろう。
ちなみに、この記事によれば、MSN MusicではWMA形式(160kbps)、iTMSではAAC形式(128kbps)である。
とはいっても、オーディオマニアでもない限り音質は気にしない人が多いと思うので、音質の低下はたいしたことではないのかもしれないが(それと、オーディオマニアがiTMSなどに見向きするかはわからない)。
音質の追求という点では、可逆圧縮形式の音楽データがベストだが、圧縮率はよくないので(圧縮形式や圧縮対象にもよるが、平均で60%前後らしい)、ダウンロードに時間がかかるだろう(光回線やケーブルテレビの回線など、高速回線を使っている人にはあまり関係ないかもしれない)。
ダウンロードに時間がかかってもいいので(どうせ1回だけ)、音質の劣化が理論上ない可逆圧縮形式のデータが手に入る(もちろんジャケットや歌詞、(もしあれば)解説のディジタルデータも)手に入るなら、ダウンロードで音楽を購入してもよいのだが。
(追記)上の内容とはややずれるが、最近ではビクターが圧縮音源の高音質化を実現する技術を開発し、それを生かした音楽配信を10月から行うという。

同じ音楽配信でも、ストリーミング型もある(携帯だとモバラジなど)。
ただ、ストリーミング型の場合、せっかくなら音楽だけでなく、映像も楽しみたいということもあるだろう。
たとえば、ライヴの生中継をネットで楽しみたいなどだ。
そういうニーズが多い場合は、ストリーミング型映像配信が増えるかもしれない(扱うデータの上で、映像配信は音楽(音声)配信を内包する)。
ポッドキャストももてはやされている。

今後、音楽配信はどうなるのだろうか……

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