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July 2007

スペシャリストかつゼネラリストを目指すには?

世の中には、スペシャリストタイプの人もいれば、ゼネラリストタイプの人もいる。
以下は個人的な印象(すべてのスペシャリストやゼネラリストが以下の通りということではない)。
スペシャリストは、1つの特定分野に強い反面、その分野以外は弱い(強みをグラフ化すると、IやTを逆さにしたような形か)。
ゼネラリストは、どんな分野もカヴァーするが、スペシャリストと同じだけの強みがある分野はない(なだらかで低い山のような形)。

私の理想は、どの分野でも強みがある(深く広い)ことだ(長方形に近い形)。
ただ、理想に近づくには、いきなり追い求めるのではなく、一歩一歩近づくことが必要だと考えている。
この理想と、スペシャリストもしくはゼネラリストの間を結ぶものが、「ポリヴァレント」な人間ではないだろうか。
ここでの「ポリヴァレント」な人間とは、スペシャリストと同じ、あるいは劣っていてもその差が小さい能力が複数あるが、ゼネラリストほど広い範囲はカヴァーしていない、と定義する(πを逆さにしたような形や2つ以上高い山がある形)。

1つの分野に固執したり、視野が狭くなることはよくない。
それが、どの分野でも強みがあることを目指す理由だ。
反面、1つの分野もろくにわかっていないくせに、広く深い能力を持つことは難しいだろう。
妥協点を探るなら、能力開発につぎ込むエネルギーの6~8割を1つの分野に、残りを他の分野に振り向けることかな、と考えている(仕事でも同じか)。

簡単ではない問題だ……

参照: 「多様性」を考える
http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post-d5fa.html

定職のない博士に光を

参院選を前に、やれ税金だ、年金だ、憲法改正だ、教育だ、拉致問題だ、格差是正だ、地方分権だ、地球温暖化だ、といろいろな問題が論じられている。
今回取り上げるのは、これらの中の教育や格差是正に含まれる問題ではあるが、教育なら教育基本法の改正、そのほかの問題ならたとえば消費税率見直しなどと比べると、些細なものかもしれない。
でも、知っておいてほしいことなので、あえて書く。

引用元(産経新聞)
http://www.sankei.co.jp/kyouiku/kyouiku/070710/kik070710000.htm

----引用開始----
「博士」も定職が見つけられず…ポストドクター1万5000人超

大学院で博士号を取得したものの、研究機関や企業から正規採用されずに研究を続ける「ポストドクター」が、全国で1万5000人超に達したことが10日、文部科学省の調査で分かった。平成17年度中のポストドクターは1万5496人で、前年度より642人(4.3%)増加。「博士」になりながら定職が見つけられず、修行を続ける研究者が多い実態が浮き彫りになった格好だ。
----引用終了----

助手になることは、研究者として独り立ちし、自分のやりたい研究ができることだけでなく、大学教授へのスタートラインに立てることを意味するのだ。
企業で長年勤めた後大学教授になるケースもあるが、決して多くはない。
そのため、博士課程の卒業者で大学に残って助手になれるのはごくわずかであり、競争は激しいようだ。
競争に敗れた人たちの中には、大学教授の夢を捨てきれず、また自分のやりたい研究をするために、ポストドクター(以下ポスドク)を希望する人がいるのかもしれない。
ポスドクは、上の
http://www.sankei.co.jp/kyouiku/kyouiku/070710/kik070710000.htm
にある説明を借りれば、次のとおりである。
「博士の学位を取得後、大学などの研究機関に任期付きで勤めているものの、教授・準教授・助手などとなっていなかったり、企業の正社員となっていない研究者の総称」
極端なことを書けば、ポスドクはフリーターみたいなもので、身分として安定していないのだ。
このこともあり、ポスドクの人たちは懸命に助手などのポストを探す。
しかし、見つからなければどうなるだろうか?
これは、生活格差の問題(正社員との収入や健康保険など安定度の格差、「ワーキングプア」など)を考えれば自明の理だと、私は考える。

一方で、博士課程の学生に「就職」という選択肢を考える人が少ないという可能性もある(本気で就職したいなら、遅くとも修士課程卒業後には就職したほうが都合がよいようだ。ゆえに、就職を考えて博士課程へ行く人間は少ないと私は見る。後述のように、就職率の違いというのもある)。
あるいは、就職しようとしても自分の専門分野とマッチングしない、体制が整っていないなどの理由で、企業が博士課程修了予定者を受け入れていないというのもあるようだ(博士課程の就職率は決して高くない。大卒よりも低いこともある。以下の37ページ「卒業者の就職率の時系列推移」を参照。
http://navi.mycom.co.jp/saponet/release/saiyousoukatsu/06soukatsu/pdf/chap02.pdf
)。
これについては、文部科学省も「ポストドクターを正規雇用するよう、民間企業にも促していきたい」(上記の産経新聞「博士」も定職が見つけられず~より)とある。

基本的に、企業が誰を雇うかは企業の勝手で、国が口を挟むべきではないだろう。
人と企業の出会いは一期一会であり(だから就職活動に精を出す学生が多いし、企業も将来を考えて人材獲得に資金を惜しみなく投入する)、また高い能力があってもニーズやテーマが合わなければ仕事には就けないのだ(たとえば、哲学が専門の人間Xが、家電会社Yで液晶テレビの画質改善に取り組みたい、といっても普通は無理だろう。Xはそのほかの仕事をするならYに就職できるかもしれないが)。
ただし、企業側が博士課程卒業というだけで見向きもしないなら、企業に魅力を与えられなかった博士課程卒業の人間だけでなく企業にも多少の責任はあるし、またそういった姿勢を改めるように国が方針を示すことも重要だ。

もっとも、出口(=助手などの就職先)を大きくせずに入口(=博士課程の定員)を増やしたら、働けず路頭に迷う博士卒の人間が社会にあふれることは目に見えている。
誤解を恐れず書けば、国が安易に博士課程の定員を増やしたことで、博士を粗製濫造してしまったのだ。
ゆえに、定職のない博士が増殖することは避けられない問題だったにもかかわらず、先送りし続けてきたのだ。
こんなことでは、博士課程に行っても未来も夢も希望もなく、研究者の素質ある優秀な人間が逃げていくだけだろう。
文部科学省がそうなることに対し目をつぶり、上記のとおり先送りをしてきたなら、ある程度の責任はあるだろう。
博士課程の学生や出身者にしても、象牙の塔にこもってばかりで、社会性がなく、世間知らず、視野も狭い、プライドは変に高い、では見向きもされないだろうけど。
そうならないように、博士課程の学生にも努力が求められるだろう。

一方で、助手になるにしろ、ポスドクになるにしろ、就職するにしろ、どこかで妥協するのも必要だろう。
2005年途中にJ1・大分トリニータ監督に就任し、J2降格寸前かつ債務超過のクラブをJ1残留に導いたシャムスカ監督は、こんな言葉を残している。
「自分の愛する仕事につくことができる人間は全体の約5%」
(サッカーマガジン2005年10月18日号より引用)
参照
http://www.ouchi.com/archives/2005/10/post_37.html
http://trinitalife.main.jp/cgi/ansq/ansq.cgi
このことを考えれば、今自分のしたい仕事についている方は、とても幸せだといえる。

PS 記事の中に「修行」の言葉を使っている箇所がある。博士課程に限らず、人生そのものが修行みたいなことは否定しないけど、新聞の記事で使うとはね……

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