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October 2008

知的財産から見る「再生医療技術とオープン・ソース」

再生医療の研究開発に国際標準の考えを導入するべき
http://chizai.nikkeibp.co.jp/chizai/gov/20080903.html

以下は医学的な観点よりも知的財産的な観点の話。

前半では、荒井寿光・東京中小企業投資育成代表取締役社長が「再生医療技術に関しては,エレクトロニクス産業のような“国際標準”の仕組みで実用化するべきである」ことを説明している。
ここでいう「国際標準」は、ISOなどの定める規格的なものも、デファクトスタンダード(*1)も指しているのだろう。
(*1)デファクトスタンダード: 事実上の標準という意味で、例えばパソコンのWindowsの存在など

あと、再生医療技術について、「再生医療の特徴は,実用化までに医学・薬学・工学といった異分野,企業,医療機関などの異業種による連携が必要な点である」こと、「医薬品の物質特許や“医療方法特許”(*2)など,さまざまな特許が必要になる」ことを説明している。
(*2)医療方法特許: 再生医療,遺伝子診断・治療,細胞治療,医薬品の用法・投与方法などの高度な医療方法の発明に関する特許である(http://chizai.nikkeibp.co.jp/chizai/gov/20080903.htmlより)

さらに、世界各国と「競争だけではなく連携することも必要」と述べた上で、パテント・プール(*3)の概念を持ち出し、「日本としてパテント・プールに重要な特許を織り込み,主導権を握るかが国際競争力強化の鍵となる」ことも述べている。
(*3)パテント・プール: 各社が持つ特許を集中管理する「窓口」を用意し、特許を使いたい会社は「窓口」へ特許料を払い、特許使用料の各社への分配も「窓口」で行うというもの。特許使用の交渉や手続きの手間が省ける。例えば、DVDの特許の管理を行うDVD6Cなどがこれに該当する

後半では、ディスカッションの模様の要約が説明されている。
秋元浩・日本製薬工業協会知的財産顧問は、iPS細胞の知財戦略に関し、「米国での特許出願の重要性」を指摘している。
また、小野新次郎・ユアサハラ法律特許事務所弁理士は「再生医療ビジネスに関して『オープン・イノベーションで技術を高めていくことが必要だ』」と述べた。
最後に前述の荒井氏が「再生医療技術はオープン・ソース・ソフトウエアのように,皆で利用しながら,技術を完成させていく発想が必要である」として、議論を締めくくっている。

医療特許も含めさまざまな特許が必要になるという点がポイントの1つであるが、ここで気になるのが、医療方法特許のうち、「治療」にかかわるものである。
世の中には答えが1つとは限らないものがたくさんあり、医療もその1つであろう。
同じ病気でも、臨機応変に治療法を選択する必要があるからだ。
とはいえ、これも医療の治療に限らず、基本だとか定石、デファクトスタンダードにあたるものはいろいろある。
こういったことをある程度決めておくことは、医師の能力のバラツキを抑え、誰でもある程度の治療効果が期待できるなど、よい面はあるだろう。
ただ、医療では特に、杓子定規に標準的方法を当てはめればよいというものではない。
最悪の場合、人の命が奪われることもあるからだ。
例えばインフルエンザについて、たいていの人には効果があるタミフルを投与したところ、異常行動を起こす人が現れ、それが原因でなくなった、なんてことがあった。
重篤な副作用が起こる条件(上の場合は中学生以下への投与)がある程度わかっていればよいが、そうとも限らないのが現状のようだ。
それが、医療のように人の命を扱うことの難しさである。
特許で縛ることをマイナスにせず、プラスに生かすことが求められる。

上で触れた「再生医療技術はオープン・ソース・ソフトウエアのように,皆で利用しながら,技術を完成させていく発想が必要である」
この考え方には、私は基本的に賛成である。
まず、よい治療法などは論文といった形で世に出ることで、論文発表前に特許を出していないのであればオープン・ソース化している(これは理系などの世界でもいえることであるが)。
裏を返すと、「皆で利用しながら」治療法を完成させる、技術を確立させるには、特許をとらない場合はそれを公にする(特許をとらないことで企業秘密を守るようなやり方とは別)、特許を取ったとしても広く、無料(最低でも安価なライセンス料)で特許を使うことが出来るようにすべきである。
そして、よい方法であれば広く使われ、オープン・ソースのコミュニティ的発展を遂げるだろう。

もっとも、上の内容についても、杓子定規に1つの方法を当てはめればよいというものではない点は、ある程度当てはまる。
オープン・ソースの特徴である「自分で使い、よくない点をフィードバックし、改良し、公開する」点は、医療においては試しに使っても逆効果、つまり病気の治療に逆効果になることさえあるのだ(それをきちんとフィードバックすればよいが)。
仮に公開されている方法と同じやり方をするのであれば、医師の技量に左右されることもある。
とにかく、実際にやってみないとわからないこともあるだろうが、命が奪われることだけは避けなくてはいけない。

加えて、オープン・ソースと医療という2つの異なる分野だから起こる、「ソース」の管理の難しさがある。
オープン・ソースでは、結果としてソースが一元管理され、その気になれば誰でもソースコードを手に入れられ、改善もできる。
しかし、医療においてはソースに相当する治療法などの一元管理を誰がどのように担うかなど、きちんと情報を公開できるか、などの問題はある。
この点には注意が必要だろう。

「再生医療技術はオープン・ソース・ソフトウエアのように完成させていくことが必要だ」とはいえ、現実は難しい点があるかもしれない。
それでも、まずやってみることが大切だろう。

真の敵は海外・危機感のない日本企業

なぜ危機感がない(夏野剛のネオ・ジャパネスク論)
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMITbq001011092008

まず、「日本の企業に元気がない」とばっさり切り捨て、大企業のトップは定性的な当たり障りのない意見を言う人が多く、メインストリームの人ほど穏便に生きているように感じる、と指摘している。

前半の「定年までは持つはずさ・・・?」では、コンプライアンスの徹底により不払い残業の撲滅と残業の管理が進められ、企業から「24時間働くビジネスマン」像が姿を消したこと、以前は有能な若手ほど仕事が自然と集まり淘汰が起こる状態だったことを指摘している。
そして、「必然的に仕事とプライベートが両立され」、「会社だけが人生じゃないし、個人の生活を充実させることが会社のためにもなる」ことも指摘している。
ただ、これでは世界に勝てないと警鐘を鳴らしている。
「今のやり方を守っていけば、きっと定年までは持つさ」なんてことはなさそうだ。
「世界は激変している。熾烈な競争が繰り広げられている。一方で、日本企業は海外に出て行くしかこれ以上の成長はない。少子化により人口は減る。国内マーケットは縮小していく。正直、そんなに甘くない」
それが根拠にあるようだ。

若手に限らず、有能な社員ほど仕事が自然と集まるのは今でも変わらないが、仕事にかけられる時間は減っているのかもしれない。
そんなことは仕事のない私が書く言葉ではないだろうけれど。
また、日本企業が海外へ活路を求める必要があることは、それほど大きな異論はないだろう。
ただし、少子化だけでなく、高齢化なども考える必要があるが。

中盤の「ITによって加速する変化のスピード」では、「最大の問題は、マネジメントと一般社員が同じ感覚であること」で、「国際競争に生き残ることは不可能」と指摘している。
高度成長期とは異なり、モチベーションが安定した「現場」。
こちらは、海外に移転可能である。
一方、マネジメントについては「幹部は取り替えがきかない」と指摘し、日本の経年数重視昇進システムを暗に批判している。
そんなシステムが生んだのが、「勤務年数が長い分、危機感は薄い」「変革意識に乏しい」「一番早く帰り、率先して休みをとる」が「給料は高い」幹部、自分に役職がある理由が人生を会社に捧げたことだと思っている幹部なのだろう。

「過去の経験はもはや役に立たない」と指摘しているが、それはいつの時代も同じことだろう。
もっとも、「市場の変化のスピードはITによって加速された」ことは、15年位前までは想像も付かなかっただろうけど。
また、幹部になりえる人材は簡単に育つはずもなく、年功序列で決めるものではないだろう。
若くても能力のある人間を登用できる仕組みが整っていれば、そんな心配は無用である。
しかし、コラムで主眼を置いている大企業であればあるほど、そういった仕組みが用意されていないのだろうけど。
「一番早く帰り、率先して休みをとる」は、労働時間短縮のお手本を示す意味ではよいだろう。
また、幹部とはいえ人間であり、働くだけでなく家族を省みることも大切だ。
もっとも、平社員は残って仕事しているにもかかわらず、上司はさっさと帰ることがあまりに多い場合、平社員のモチベーションは下がるだろう。

最後に、「自らの競争力を研ぎすますマネジメント力」で、「いまこそマネジメントのリーダーシップが問われている」と書いている。
本文によれば、IT革命によりすべての可能性の追求は不可能となり、鉄砲は数撃っても当たらない。
それを根拠に、「焦点を定め、限られたリソースを効果的に使い、結果を出す」ことの重要性を説いている。
それは本文の言葉を借りれば「思い切った割り切りと『選択と集中』」であり、自らの競争力を分析し、強化し、研ぎ澄ますことである。
そして、この意識を持つ役員は多数派ではないことは確かだ、と結んでいる。

以上を読んだ感想としては、会社の幹部はライバルが世界にいることを意識し、その認識を社員も共有しなければ、いずれ会社はつぶれ、自分の首も飛ぶだろう、という夏野氏の警告を無駄にしてはいけないということだ。
いくらグローバル化が進んでいるとはいえ、いまだに日本人同士で争い、つぶしあいをしている業種もあろう。
あるいは、日本では誰もライバルがいないことをいいことに、お山の大将になっている一部会社もあろう(恥ずかしながらウチの(以下略))。
こういう状況は、見る人が見ればある意味めでたく、平和なのだろう。
本当に戦わなくてはいけない相手は日本にいないにもかかわらず、のんきに足を引っ張り合っているのだから。
別の言葉で書けば、グローバル市場という広い場所を俯瞰するのではなく、日本という小さな場所を把握するだけで精一杯ということだろう。
これには、例えば携帯電話の世界が当てはまるだろう。
国内メーカーは、良くも悪くも日本の市場(カメラ搭載、FeliCa搭載、ワンセグ搭載など)に特化した携帯電話を作り続け、海外メーカーの隙を許さないように見えていた(これには、日本の携帯電話の機能が海外で受け入れられていないという面もあるが)。
メーカーの淘汰もそれほど多くはなく、2000年前後にパイオニア、デンソー、ケンウッドなどが撤退したくらいである。
そして国内メーカーは海外にそれほど目を向けず、国内勢同士の足の引っ張り合いをし続けていた結果、ほとんどのメーカーは海外では存在感がなく製品も通用しなくなり、海外や国内から撤退するメーカーも現れ始めた。
上のような背景もあり、携帯電話の世界では日本はガラパゴス諸島だ、なんて意見も出始めている。
iPhoneは日本で苦戦しているとのことだが、その理由の1つが日本のガラパゴス諸島化などという意見もあるほどだ。
(個人的には、FeliCaとワンセグを搭載したiPhoneが日本で出れば、日本の携帯電話の市場は大きく変わるだろう。iPhoneがガラパゴス諸島化した日本に適応し、浸透できる可能性があるのだから。加えてiPhoneの漢字入力が改善されたら、どうなるかわからない)
そんな日本の状況をほくそえんでいるのが、ほかならぬ海外勢だろう。
日本よりもずっと市場の大きい北米や欧州、成長が望めるアジアなどにおいて、日本企業の付け入る隙を作れなくしつつあるのだから。
いずれにせよ、携帯電話に限らずどの業種・企業においても、本当の敵が海外にいることに幹部が気付かず、安穏としているようでは、社員に危機感が植えつけられるはずもなく、社員は会社ともども沈没するだろう。
幹部が気付いていないなら、せめて社員が気付き、自律的・自発的に行動しなくてはいけないのかもしれないが。

一方、本論とはややずれるが、本文を読む限り夏野氏は仕事とプライベートが両立できるほど暇なら働け、と考えているのだろう。
そうしなければ、海外との競争に負ける……
その点は私も納得はいく。
また、日本では戦後からの復興という意欲、あるいはハングリー精神が旺盛だった高度成長期のように活力に満ち溢れている時期もあった。
しかし今はそのような活気が発展途上国にある。
日本など先進国に追いつけ追い越せと勢いづいており、日本の地位も危ない。
しかし、効率よく働くという点も考えなくてはいけないだろう。
日本以外の先進国は日本ほど働いていないが、それでも成長はしている。
100m10秒のペースでマラソンを完走できる陸上選手がいないのと同じように、全力疾走のような働き方をしても長くは続かず(長い人生では全力疾走が必要な場面もあるだろうけど)、むしろ効率を上げてこつこつ働いたほうが、長い目で見たら成長することもあるのかもしれない。
そして、働きすぎでうつ病などの病気や過労死になるのであれば、そちらの方こそ問題ではないのか。
もっとも、会社の労働規制も上記観点からはある意味仕方ないが、上の文章を読むと海外の勢力に打ち勝つには労働規制うんぬんなどとのんきなことをいっていられないのも確かなようだ。
(さらに書くと、会社の労働規制の裏には、残業代などを削減するという狙いもある。「現場」においては、海外勢、特に労働コストで優位に立つ途上国に打ち勝つという側面もあるだろうけど)

結局は、ワークバランスをある程度考えつつ、海外勢との戦いに備え働かなくてはいけない、ということか。
オシム元日本代表監督も「君たちはプロだ。休むのはオフになってから、あるいは引退してからで十分だ。シーズン中はサッカー以外のことなど考えるな」といっているくらいだ。
社会人ならさしずめ「君たちはプロだ。休むのは長期休暇になってから、あるいは退職してからで十分だ。勤務中は仕事以外のことなど考えるな」といったところか。

ICT業界における多重下請けを解消するには

・脱・多重下請け構造へIT業界がすべきこと
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMIT2z000016092008

下請けに任せる理由としては、人件費が安く利益を確保できる、自社だけでは人が足りない、などいろいろある。
ただ、多重下請けは「各社がこのように固有のスキルやノウハウを持てれば問題は改善される」とあるが、そんな当たり前のことで解決できるほど甘い状況ではないと私は見る。
各社(個人)が固有のスキルを持つだけでなく、前述の下請けに任せた際の問題を解決しなくてはいけないから、というのが理由だ。
すべてを一度に解決するのは難しいだろうから、1つ1つ解決していくしかないだろう。
安易に人件費の安いところへ丸投げすることを避ける(記事中でも触れられているが、そうすればピンハネも減る)、発注元にもそれなりのコスト負担をお願いする(これは安い費用で無理な要求をする発注元も悪い)、などが解決策の例か。
もっとも、人材育成や人材確保のようにすぐにできない問題もある。
人材育成は時間がかかるし、人材確保は記事を読む限りヨーロッパ型が参考になりそうだが、後者は日本にあったやり方も必要で、法律の改正も必要となるかもしれない。
ただ、このように問題の多い多重下請けというやり方は、いずれ行き詰るだろう。
それで悪徳業者が淘汰されればよいのだが……

一方、記事中でも触れられている「指揮命令や責任区分の問題」は、プロジェクト管理さえしっかりしているなら何とかなる、ということもあるだろう。
SIの場合、仕様が固まっていれば作業の見通しも立てやすくなり、結果としてプロジェクト管理も容易になる。
現実は仕様が固まっていなかったり、追加されたり、あいまいだったり、あるいはおかしかったりなど、理想とは程遠いのだが。
そんな状況でプロジェクトを管理しようとしたらどうなるか、推して知るべし。
(もっとも、肝心の実装の箇所ではやってみないとわからないことがいろいろある。Life is beautifulの中島氏もそんなことを指摘していた憶えがある。机上の計算通りなら何の苦労もない、ということだ)
ただし、プロジェクトの目的という「魂」がなければ、プロジェクト管理はただ人や作業を管理しているだけで終わり、管理自体がプロジェクトの目的と化してしまうだろう。
仏作って魂入れずとはまさにこのこと。
プロジェクトマネージャには、プロジェクトの目的をメンバーに的確に伝え、メンバーを束ねる強力なリーダーシップがなければいけないだろう。

PS1 「固有のスキルやノウハウ」のくだりで、ビジネスの世界では何か1つでも強みがなければ生き残ることは難しいことを、とある方へ相談した際に指摘されたことを思い出した
PS2 SI以外の仕事では、プロジェクトの最終到達点が明確であっても最終成果(仕様)の内容が不明瞭なこともあり、プロジェクト管理が難しい点もある。これもやってみないとわからないことがいろいろあって、難しい
PS3 記事中に「日本人一般として職業の安定を志向する」とあるが、日本は老後に金がかかり、年金も今後は当てにならないだろうから、稼げるときに安定的に稼いでおかないと、退職後は「健康で文化的な最低限度の生活」すらままならないだろう。だから、職業安定志向は至極当然ではないだろうか

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