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February 2009

勝者の資格

「勝者は嵐を生き延びたものではなく、ゲームのルールを変えた者だ」
サミュエル・パルサミーノ(IBM会長兼CEO)

「強い者が勝つのではない、勝った者が強いのだ」
フランツ・ベッケンバウアー(旧西ドイツのサッカー選手、元サッカードイツ代表監督)

あってはならない受精卵取り違え

・受精卵取り違え―命を扱う緊張感忘れずに(朝日)
http://www.asahi.com/paper/editorial20090221.html
・不妊治療ミス 「命」の管理がずさん過ぎる(読売)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20090220-OYT1T01116.htm
・受精卵取り違え 生殖医療の監視体制が必要だ(毎日)
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20090221ddm005070080000c.html
・受精卵取り違え 安全対策の徹底を求める(産経)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090221/crm0902210402002-n1.htm

「知らぬ間に受精卵をほかの人に移植され、中絶されたカップルにとっても、あまりにむごい話だ」(朝日)、「生命の誕生を促す医療行為が、あまりにも軽く行われているのではないか」(読売)、「不妊治療を受けている人たちの「悪夢」と言ってもいいだろう」(毎日)、「ショッキングな医療事故」(産経)など、各紙とも厳しい論調で書いているのがおわかりいただけるだろうか。

人工授精は、字の如く人の手を介して受精させる治療で、これまで不妊に悩む多くの夫婦に光を与えてきた。
そのような性格がある人工授精において、受精卵を取り違えるというミスは、夫婦、特に女性に肉体的にも精神的にも大きな負担をかけてしまう。
取り違えられた夫婦にも。
それだけに、このようなミスはあってはならない。
だが、医療現場の人たちは注意して欲しい、だけでは何も解決しないだろう。
人間誰しもミスは起こす。
だからこそ、細心の注意が必要である。
今回の事件を起こした医師は経験豊富だったとのことだが、それでもこのようなことが起きてしまう。
ただ、調べでは病院の管理がずさんであったという報道もある。
それが事実であれば問題である。
いずれにせよ、ミスが起きた根本的な原因を突き止め、同じような悲劇を二度と繰り返さないようにしなくてはならない。
それこそが、人工授精の安全性を高めることにもつながるのだ。
体制が不備なことはおろか、ミスの原因さえも突き止められないずさんな医療体制では、不妊に悩む夫婦が安心して不妊治療を受けられない。

臨床研修見直しを考える

・医師研修見直し―良医を増やすためにこそ(朝日)
http://www.asahi.com/paper/editorial20090220.html
・臨床研修見直し 医師不足の主因を見誤るな (読売)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20090219-OYT1T01129.htm
・臨床研修見直し 幅広く声を聞き拙速は避けよ(毎日)
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20090220ddm005070062000c.html
・臨床研修見直し 医師不足の解決になるか(産経)
http://sankei.jp.msn.com/life/lifestyle/090220/sty0902200229000-n1.htm

2004年に研修医が自由に研修先を選べるように制度を改正してから、5年が経とうとしている。
「多くの診療科をローテートすることで、研修医の基本的な診療能力に一定の向上が見られるなど、全体として制度の基本理念が実現されつつある」(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/02/dl/s0218-6a.pdf)など、よい面も出ているようだ。
一方、制度改正以降、都市部にあり、高いレベルの研修が期待できる病院への研修希望が殺到した。
その結果、出身大学の病院に残る研修医が減り、それが医師不足の原因を招いたといわれている。
今回の臨床研修見直し案では、そういった状況を変えるべく、必須の受講分野の見直し、大学病院への研修医派遣を優先させる、などがうたわれている。

臨床研修見直し案は本来、医師の教育の質を高めるために行うものだ、という指摘はもっともだ。
だが、上の案では医師不足解消のために見直すという魂胆が透けて見える。
現行の研修制度は「大学の医局を中心とした臨床研修が専門分野に偏りがちだったという反省から、幅広い診療能力をもつ医師を育てようと始まったもの」(朝日)なので、その理念を曲げることはしてはならない。
もちろん、医師不足の解消はすぐに取り組まなくてはいけないし、都市部への研修医集中も問題である。
そして、「現行制度は、結果的に、医師不足現象に拍車をかけてもいる」(読売)という指摘もあるのが現実だ。
「研修のあり方を見直せば、直ちに医師不足が解消できるというほど単純な問題ではない」(毎日)だけに、「若手医師の教育という目的とどう調和させるか」(産経)が重要だろう。

いずれにしても、臨床研修の見直しは医師の教育という観点で行うべきことであるが、一方で医師不足といった、臨床研修に絡むほかの問題もある。
それぞれを単独で議論して何とかなる問題ではなく、広い視野で物事を考えなくてはいけないのが現実だが、物事の本質を見失ってはいけない。
医師不足といっても、小児科医や産婦人科医など特定分野の医師が不足している問題もあれば、過疎地における医師不足という問題もある。
さまざまな問題に共通している本質は何か、またそれぞれの問題固有の本質があるのかなど、深く掘り下げて考えなくてはいけない。
何よりも時間は有限であり、だらだらと問題に取り組んではならない。
難しい問題だけに、英知を結集する必要がある。

自分を高く見せるコミュニケーションの極意

あわよくば出世する技術 第6回 デキそうな人に見える会話術とは?
・いかにもデキそうに思わせる話し方のヒケツとは?
http://r25.jp/b/report/a/report_details/id/110000006220?vos=nr25gn0000001
・聞き上手への第一歩は「無条件に共感する」こと
http://r25.jp/b/report/a/report_details/id/110000006220/part/2

話し方、訊ね方、聞き方の3点でこんな指摘が。

「相手がつい耳を傾けたくなる“良い話し方”とは、テンポにメリハリがあり、発音が明瞭で滑舌が良いこと。また、話す際の表情や振る舞いによっても印象はまるで変わります。楽しい話ならうれしそうな表情を、衝撃的な話ならびっくりした顔を心がけるだけで、人は『聞いてみたい!』と会話に引き込まれてしまうものです」
「相手に対して鋭い質問をガンガン連発するのでは、単なる尋問になってしまいます。質問とは、相手の意見や求めるものを知ろうとする行為ですから、本音に迫るためにはそれなりの順序というものがあります。軽めの話題から始めて、少しずつ相手の現状を理解していけば、踏み込んだ本音の部分も聞きやすくなるはずですよ」
「人の話を100%聞くのはとても難しいことです。興味のない相手や関心のない話題であればなおさらです。まず、相手の話をさえぎることなく最後まできちんと聞くことが第一。聞き方も、自分が話す時と同じくらい表情を豊かにし、ちゃんと相手の視線をとらえることが大切です」

ここで書かれていることを実践している人は、そうそういない。
だから、上が自然に出来るようになるだけで、周りの評価は高くなるだろう。
私が付け加えることがあるとすれば、敬語を正しく使うことくらいなものだ。
(もっとも、私も上で書かれたことはすべて実践できていない。少なくとも、最後の「相手の話をさえぎることなく最後まできちんと聞く」は意識しているのだけど、あとは……)

クルマ離れの理由はケイタイ

夜遅くに車の中で聴いたラジオ番組で、面白いことが話されていた。
以下はその内容を元にしたもの。

まだ携帯電話がメールすら出来ない代物で、しかも高価で普及していなかった頃(バブル経済のあたりまでか)。
カノジョ(カレシ)と連絡を取る方法は電話だけ。
相手の家へ電話をするとき、親が出てこないかどきどきしていたという。
ケイタイで簡単に連絡が取れる今ではない緊張感である。
その頃のデートの誘い文句は「ドライブしない?」が多く、クルマは2人にとって大切なプライベート空間。
その中で聴くラジオや自分のお気に入りの曲を選んで編集したカセットテープが、2人をつなき、結んでいた。
今若者へクルマが売れていないのは、ケイタイの普及により上のようなことが起こらないからだという。
だから、ラジオを聴いていてなるほど、と思った。

ちょっと脱線。
バブルの頃はiPodはおろか、MDすら出ていないので、カセットテープの編集も一苦労。
カーCDチェンジャーはあっても高価。
同時期はミニコンポがフルセットで20万円オーバーなんてものもざらにあったようだが、それでも売れたのは家でのカセットテープ編集の需要があったからだろう。

バブル当時人気のクルマは、ソアラ(今のレクサスSC430)などのクーペ。
ソアラは当時の女子大生にも人気だったようだ。
そしてクーペやスポーツカーはいうに及ばず、それ以外のクルマでもバブル時代の頃までは「走る・曲がる・止まる」という、車の基本性能を競い合っていたという。
事実、バブル時代の頃には上のソアラのほか、シルビアがヒットし、スカイラインGT-Rが復活、高価なMRのスポーツカー・NSXもオーダーが殺到していたという。
市販車初の(そして現在唯一の)3ローターのロータリーエンジンを搭載したユーノス・コスモも登場したのも、バブル時代である。

一方で、性能向上競争の過熱化を防ぎ交通事故を減らすという名目があったかどうか定かではないが、一部で悪名高き、エンジンの280ps自主規制もバブルの頃から始まる(2004年に300psのレジェンドが出るまで続く)。
280psというのは、1989年に発売された新型フェアレディZ(Z32)の最高馬力だったという。
このような状況なので、当時の20代~30代はクルマに関心を持つのは自然な流れだったようだ。

若者がクルマに目を向けなくなった理由としては、携帯電話へ興味が移ったことのほか、所得が伸びず携帯電話料金の支払で四苦八苦している、というものがある。
ただ、後者は上と絡めた説明がいる。
ここ10年、給与の伸びは低く、お金に余裕がある人は限られつつある。
ただ、携帯電話料金の支払はせいぜい月2万円ほどだろう(これ以上はかなりのヘビーユーザでは)。
地方都市では、クルマを持つに当たり、ガソリン代、ローンの支払、税金はともかく、駐車場代が都市部よりは安く、月数千円でよい。
それでも、携帯電話が普及していない時代も同じくらいの負担だと思っている(裏づけを取っていない)。
まして首都圏など大都市圏では、クルマの維持費は昔も今も数万円をざらに越えるのではないか(23区内なら駐車場代だけで2万円以上は当たり前)。
昔には月々の負担が重くてもクルマに乗っていた人はいたであろうという点を考えると、やはり20代や30代の興味が携帯電話に移ったというのが一番説得力がありそうだ。

以前にも書いたが、20代にクルマを売るためには「本当の意味で運転する楽しさを味わえる車を、安価で売る」べきというのが、私の主張だ。
上で書いたように携帯電話へ興味が移った状況だからこそ、同じ機械に触るのであっても、人とクルマが一体になって運転する喜びを感じ取るという、携帯電話の操作では楽しめないことの重視こそが大切なのだ。
「ミニバンなどの快適でウケのいいクルマばかり造る」ことや「市場のウケを狙うことばかり考え、運転する楽しさなどクルマづくりの肝には力を入れない」ことではない。
このことを改めて書いておく。

PS オートバイならさしずめ「人とバイクが一体になって運転する喜び」か

参考
・トヨタの赤字のツケは非正規雇用者へ
http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-8ccb.html
・20代にクルマを売るために本当にすべきこと
http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/20-fdb4.html

バカな人間への失望と手本になる人間の欠如

・本質をきちんと考えない,バカな上司や経営陣に失望しています。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090123/323334/

タイトルの質問については、回答の見出しで「キャリアと現状への意思を明確にせよ。変革を望むなら改革提案を」と書いている。
そして、将来のキャリア計画と現状に対する意思の2つの軸を持つマトリックスから、自分の進むべき道をアドバイスしている(http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090123/323334/?ST=career&P=2)。
マトリックス中の「将来技術者の道を究めたい」の観点からは、次も参考になるか(ただし、プログラミングに限定。もっとも、はじめに挙げた記事はITProなので、プログラマーのことも想定して書いてはいるだろうけど)。
・プログラミングに誇りを持ちたいなら単価を考えないこと
http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/1533

2番目の質問は、「信頼できる上司や手本になる先輩がおらず,同僚も業務の質を上げようとしないため,やりがいを失いつつあります」というもの。
回答者は「信頼できる上司やお手本にしたい先輩がいないというのは悲劇に近い状態」と前置きし、問題だらけの職場からの異動を希望し叶ったことを説明する。
その後、「上司からしてみれば私が提案したようなことはとっくに認識していて,問題の根本原因は私が言った程度のことでは解決しなかった」ことがわかり、「私は単に全体状況も理解せずに文句ばかり言う不満分子となっていた」、「そして自分の未熟さを恥ずかしく思い,後悔した」という。
そして、イシュー分析の手法により、次のポイントを踏まえ「ルートコーズ」(根本原因)を探る方法を解説している。

  • 会社の経営環境,内部事情,方針といった,会社やその部門が置かれている立場
  • 設備,人材の質や量,予算といった現場の制約事項
  • 実現に至る社内プロセス
  • 後工程(顧客)のメリット,動向といった顧客思考
  • 組織の成長や従業員の意識向上といった成長の視点

このとき、分析は自分1人で行うのではなく、他の人たちを交え複数の視点から行うべきと書いている。

「信頼できる上司や手本になる先輩がおらず」については、「自分を冷静に見つめ直すところからスタートしなければ,何も解決されません」と答えている。
そして、身近な人についても「部分的ではあっても,必ずあなたが見習うべき特質を持った方はいるものです」と質問者を諭している。

「類は友を呼ぶ」であり、ゆえに周りの人間は自分の器を投影したものである。
周りを見渡しても、失望するような人間ばかりだったり、信頼や尊敬に値せず、手本にならない人間ばかりだったりするのは、自分にも原因があるのだ。
自分を変えない限り、周りの人間も変わらないし、また素晴らしい人間に出会うことも出来ない。
それが私の考えである。

記事で書かれたことは、どれも参考にはなる。
もっとも、時には周囲に流されず、自らを高め、成長を加速させる努力をすることも必要だ。
スティーブ・ジョブスいわく、「他人の意見という雑音により、内なる心の声をかき消してはいけない」のだ。
このとき、他人の意見に耳を傾けることなく、また他人に敬意を払うことや尊敬もせず、傲慢になってはならないが。

(参考)
・ジョブスが祝辞で伝えたかったこと
http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post-340e.html

不幸に甘えるな

・不幸に甘える若者たち
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/090215/acd0902150258001-n1.htm

「貧困や弱者という言葉を楯(たて)に、自分を甘やかす風潮が助長してはいないか」が印象的。
自分の力だけではどうしようもないことはあるが、だからといってそのすべてを自分以外のせいにしてはいけない。
そのことを肝に銘じなくては。

ベスト盤乱発と音楽配信

DL販売の弊害!? レコード会社が「ベスト盤」を乱発する裏事情
http://news.livedoor.com/article/detail/4028066/

「(ベスト盤ではない普通の)アルバムをじっくり楽しむのが本筋だ」はもっとも。
とはいえ、ベスト盤がアーティストへの入り口になるのも確か。
私もベスト盤に収録されている曲のオリジナルアルバムを買っていった、ということも何度かある。

私が去年買ったアルバムの半分以上は普通のもので、ベストは数枚。
でも、昔は逆に半分以上がベストだった、なんてことも。
だから、私はベスト盤ばかり買うな、っていえない。

ベスト盤は、デビュー○周年、バンドのメンバーチェンジや活動休止/解散、レコード会社との契約満了/移籍に伴う契約の消化(契約にあたり、ベスト盤をリリースしなければならない、というような条文を設けることがあるらしい。未確認)、レコード会社の売り上げ確保のため、不振のアーティストを浮上させるきっかけを作る、等のタイミングで出るようだ。
これらに当てはまらなくても、「長い間ベスト盤を出していないな」というアーティストの判断で出ることもあるみたいだけど、実は上を隠す口実かも知れないし、よくわからない。
記事で問題にしているのは、契約の縛りはともかく、アーティストの意向を無視したベスト盤乱発のことだろう。
個人的には、一つのアーティストのベスト盤は(アルバムを出す頻度によるが)10年に1回のペースで十分だと思うのだけど……

あと、1曲から買える音楽配信の台頭も、記事で指摘している。

私は、音楽配信はめったに使わない(RadioheadのIn Rainbows全曲を無料でダウンロードしたのが唯一)。
データを非可逆圧縮しているので音質がよくない(高音質のものもあるが、わずか)、歌詞カードや、クラシックなど歌がなかったり少なかったりするジャンルや洋楽なら解説を読む楽しさがない、そしてアルバムのジャケットを持つ喜びや、CDをプレイヤーにセットして聴く緊張感がダウンロードでは決して楽しめないからだ(ジャケット写真や歌詞については、最近はダウンロードでも何らかの電子データで提供しているものがあるらしい)。
ここでもアナクロ(時代錯誤)上等。
最近ではiTunes Storeでしか手に入らない曲がざらにあるので、もう少し目を向けなきゃ、とは思うのだが……

日本がICT鎖国から抜け出すには

・ドメスティックな情報サービス産業の将来、国際化への道
http://it.nikkei.co.jp/business/column/hamaguchi_it.aspx?n=MMIT2z000029092008

ここに書いてある提言がすべてとは私は思わないし、また盲目的に国際化を進めるのは間違いである。
ただ、「情報サービス産業に属する私達自身が世界住民としての感覚を持たねばならない」など、参考になる点はある。
もっとも、産業構造を変える(開発手法などを変える、「パラダイムシフト」とでも書くべきか)、外国語に強くなる(英語は大事だが、他の言語も)など、根本からICT産業を変えない限り、日本のICT産業は永遠に鎖国状況が続くだろう。

地球温暖化研究者が斬る

以前、「地球温暖化の犯人はCO2だけではない」(http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/co2-0a28.html)という記事を書いた。
そこで取り上げたエネルギー・資源学会の「地球温暖化:その科学的真実を問う」で登場した江守正多氏が記事を書いていたので、紹介。
・人為起源CO2温暖化説は「正しい」か?
http://eco.nikkei.co.jp/column/emori_seita/article.aspx?id=MMECza000029012009

IPCCの報告書にある「20世紀後半の世界平均気温の上昇の大部分は人間が排出した温室効果ガスのせいである可能性が非常に高い」(江守氏の記事より)点について、わかりやすくその理由を説明している。
感情論や言いがかりに近い温暖化懐疑論の人たちを論破するには、十分な記事だ。
ただ、江守氏はIPCCよりの姿勢なので、あえてIPCCの見方に否定的な意見(ただし、「地球温暖化:その科学的真実を問う」で登場しているような、科学的な論拠に基づくもの)を知ることも大切だろう。

トヨタの赤字のツケは非正規雇用者へ

ギョーカイ【裏】座談会 『トヨタ社員が憤る人材の使い捨て』
http://news.livedoor.com/article/detail/4014232/

トヨタの赤字は、行き過ぎた人材流動化のなれの果てを露呈したと私は考えている。
その赤字のツケを非正規労働者が払わされた(あまりに気の毒だ)ことを知るには、よい記事。

打ち砕かれるクラウドコンピューティングの神話

・クラウドコンピューティングにおける5つの神話を打ち砕く
http://japan.zdnet.com/sp/feature/07tenthings/story/0,3800082984,20388018,00.htm?ref=rss

そこそこ読み応えある記事。
取り上げている神話が現実離れしている(「スイッチ1つで自社のITをクラウドコンピューティングに移行することができる」とか)ような気もするが、その神話を論理だてて論破している。
「クラウドコンピューティング」が「Web2.0」のように、意味もわからず蔓延しないことを祈りたいものだ(すでにそうなっていて、実は手遅れ?)。

相次ぐレース撤退に思うこと

2008年以降、日本のチームやメーカーがレースから撤退する、というニュースが相次いでいる。
2008年は、5月のF1・スーパーアグリ(http://www.saf1.co.jp/)、12月のホンダF1撤退(http://www.honda.co.jp/news/2008/c081205.html)とスバルWRC「卒業」(http://www.subaru.jp/information/topics/2008/wrc/)、スズキもWRC参戦から1年で撤退(http://www.suzuki.co.jp/release/d/2008/1215/)と、いろいろあった。
2009年になってからも、カワサキのモトGP撤退(http://www.khi.co.jp/khi_news/2009data/c3090109-1.htm)、三菱自のダカールラリー撤退(http://www.mitsubishi-motors.co.jp/publish/mmc/pressrelease/news/detail1892.html)と続く。
以下の記事にある企業のレース撤退一覧が参考になる。
・砂漠の雄、不況に涙
http://www.yomiuri.co.jp/atcars/ms/rally/20090205-OYT8T00420.htm
三菱のダカールラリー撤退により、「国内メーカーのサーキット外競技への直接参加もなくなった」とのこと。
自動車レース競技は、急速な景気後退による自動車会社の業績不振のしわ寄せを真っ先に受ける形となってしまった。

自動車メーカーは、株式会社である以上利益を出さなくてはいけないのだから、不景気でレースどころでなくなったのであれば撤退も仕方ない。
一方で、夢を売ることも忘れないで欲しかったけど、それは部外者のわがままなのだろう。
そんな中、トヨタは赤字決算が見込まれているが、それでもF1から撤退しないのはレース文化にとってよいことである。

ホンダがF1から撤退したときは、以下をはじめとするニュースが流れた。
・ホンダがF1撤退、経営資源を次世代技術に配分
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-35283820081205

ホンダは今回も含め、過去3回F1へ参戦していた。
1回目は独自チーム、2回目はエンジンのみ(アイルトン・セナなどを優勝へ導く)、そしてエンジンに始まり、名門チーム・ティレルの流れを継ぐBARをタバコメーカーから買収した3回目。
そして、その3回目の参戦に終止符が打たれた。
入社動機が「レースがしたいから」だったというホンダの福井社長にとっては、F1撤退は苦渋の決断であったことは想像に難くない。
だが、ホンダも世界経済の悪化には逆らえなかったということか。
福井社長が「11月に入ってから事業環境が加速度的に悪化した。9月までの状況なら撤退の決断はなかった」、「単に経済が冷え込んでいるだけでなく、100年間繁栄してきた自動車産業は次の100年に向かう大きな変化を迎えている。F1に注いできた情熱、リソース、人材を新しい時代に振り向けるべきだという強い意志と受け取ってもらいたい」と記者会見で述べたほどなのだから、相当状況は深刻なのだろう。
チームの売却先に関しては、2月の時点でもまだ決定したというニュースはない模様であるが、チーム消滅まで予断を許さないだろう。
もっとも、チーム消滅は最悪のシナリオで、これが起こる可能性は低いと私は見ているし、起きて欲しくはない。
売却先がどこになるか、私は見当が付かないが、必ず決まるはずだ。

最高レベルの技術を投入して作られ、広告を付けたマシンを、最高レベルのドライバーが走らせるF1は、ある意味走る広告塔である。
注目度の高いF1は、広告料も高額といわれるからだ。
一方、自動車メーカーにとっては技術力を誇示する場にもなる。
たとえそれが、エンジンなどの供給だけであったとしても。
トヨタがF1へ参戦したのも、宣伝効果と技術力の誇示・向上にあるといわれる。
エンジンのみも含め、以前からF1へ参戦していたホンダも、そのことはよくわかっていたはずである。
だが、近年は技術の市販自動車へのフィードバックが、どのメーカーも不十分だったようだ。
おまけにF1をスポーツカーのイメージリーダーとして使おうにも、ホンダも含めスポーツカーが少ない会社にとっては、その効果は薄い(例えば、私がスポーツカーと呼べそうなホンダのクルマ(発売中)はS2000とシビックタイプRくらいなものだ)。
これではF1に関係している自動車会社にとって、年間数百億ともいわれる参戦費用のうち、ある意味広告料として、チームを運営しているなら広告などでまかないきれない残りの金額を出しても、割に合わないだろう。
経営状況が厳しいならなおのこと。
それが、ホンダ撤退の遠因かも知れない。

エンジンの供給を受けるなど、ホンダと密接な関係を持っていたスーパーアグリが、今年になりシーズン途中で撤退したが、その時点ではまだ世界経済がここまで悪化する状況ではなかった。
だが、今振り返ると、スーパーアグリ撤退はホンダ撤退の予兆だったのかもしれない。

2007年よりホンダは、F1マシンに広告ではなく、地球の写真を描くようになった。
これは、F1マシンを通し、地球環境問題への意識を向上させようというものである(これはこじつけだ、排ガスを撒き散らすF1が環境問題を取り上げるなど笑止千万、という批判もあったようだ。気持ちはわからないでもないが、環境問題はF1で取り上げるからこそ重みを持つのだ)。
2007年は"myearthdream"のスローガンの下、黒いボディに地球を描いた。
そして2008年の"earthdreams"では、最初にホンダがF1へ参戦したときのボディカラーにも通じる白いボディに地球を描き、2007年のコンセプトを進化させていた。
こういった試みのマシンがもう見られなくなるかもしれないと考えると、とても残念だ。
一方で、地球の写真を描くようになった理由として、スポンサーに恵まれなかったからだという話もある。
詳細は長くなるので割愛するが(これと関連して、記事前半でホンダはタバコメーカーからチームを引き継いだと書いたが、これはF1でのタバコ広告規制が理由である)、これも撤退の要因の1つかもしれない。

2007年以降のホンダの成績は芳しくなかった。
2006年にチームに勝利をもたらし、ポイント争いでも上位に食い込む力を持っていたジェンソン・バトン、フェラーリに在籍していたルーベンス・バリチェロ(世界王者5連覇を果たしたミハエル・シューマッハのチームメイトを務めた)を擁しても、上位入賞は少なかった。
下の順位に終わることのほうがほとんど。
そして、来年こそは巻き返しを、という矢先の撤退・売却騒動。
日本人や日本のチームを応援し、F1を見ている人間としては、残念だとしか書けないのがもどかしいところ。

ホンダのF1復帰の可能性はなんともいえない。
ホンダは過去2回F1から手を引いたが、このときは「休止」という表現を使った。
でも、今回は「撤退」。
もしかすると当分復帰はないのかもしれない。

この経緯については、最近になり掲載された次のインタビューが参考になる。
・原点に立ち返り、危機と戦う ホンダ・福井威夫社長
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090203/184813/?ST=manage

上で書いたことの繰り返しになってしまうが、レースがやりたくて入社した福井社長にとって、F1から撤退するというのは断腸の思いだったことが、日経ビジネスの記事からも伝わる。
記事に書かれている覚悟があるなら、F1撤退も仕方ない。
ホンダはそれだけ本気になり、不況を乗り切ろうとしている。

スバルはWRCについて「卒業」という言葉を使っているのが、ちょっと気になる。
卒業ということは、もうWRCには戻らないとも読み取れる。
もっとも、スバルのプレスリリースを読む限り、メーカー単独では参戦しないけれど、スバルの車で参戦するチームにはサポートをする模様である。
それが救いだろう。

さらにスズキもWRCから撤退し(こちらもスズキ車で参戦するチームへのサポートはする模様)、WRCに参戦する日本の自動車メーカーはなくなってしまった。
WRCはなかなか見るチャンスがないので詳しくないのだけれども、ここ数年は北海道でもラリーが開かれるなど、日本でも注目を集めていたようだ。
だから、一気に2つの会社が撤退を表明したときはとても残念だった。

そしてこんな記事も。
・日本のメーカーに必要か!? ~モータースポーツのこれからを考える
http://www.webcg.net/WEBCG/news/n0000020317.html
この記事では、「モータースポーツはもはや、時代にそぐわない」と書き、モータースポーツの現状を分析している。
イメージ戦略としてのレース参戦。
その戦略のミスマッチから、(上で私も触れたが)苦肉の策としてF1に地球を描いたホンダ。
モータースポーツへの参戦目的の1つは量産車へ技術をフィードバックすることだが、量産車のほうが技術が進んでいることもある現状。
「モータースポーツのあり方も、根本的に見直されるときなのかもしれない」と最後に結んでいる。

WRCについては、次の記事が参考になる。
・スズキ&スバル撤退、WRC氷河期へ
http://www.ocn.ne.jp/sports/motorsports/motor081222_1.html
撤退に関しては、「『休止』という言葉を使ったスズキは将来の活動再開の可能性を含むものだが、スバルの『終了』はしばらくの間やるつもりがまったくないことを意味する」と著者は記している。
「スズキ、そしてスバルとも活動を止める最大の理由は業績の悪化である」という点は、ニュース発表時に想像がついた方もおられるだろう。
スズキは「撤退が規定路線」であったのに対し、スバルは「最後の最後まで混乱がつづいたと思われる」というのが著者の分析である。
最後は「ホンダも含めた日本メーカー4社の引きぎわがまったく美しくなかったことが残念でならない」と結んでいる。
まるで日本にはレース文化がないことを象徴しているかのような文である。
ただ、ホンダの福井社長がインタビューで話したような事情も考慮しなければいけないだろう。
自動車会社の経営陣はF1チームのスタッフよりも多いであろう数万~数十万人もの雇用に責任を負う立場にあること、また自動車会社の業績が回復しないことにはレース活動の再開もおぼつかないことは、こちらも理解すべきだから。

アマチュアスポーツの撤退も相次いでいる中、モータースポーツも時代の流れには抗うことは出来ないのかもしれない。
現状では仕方ないが、いずれ復活して欲しい。

PS トヨタがWRCに参戦していたことや、スバルがF1のエンジンを作っていた(1990年、途中で撤退)ことを知っている人はどれくらいいるのかな?

関連リンク
・ホンダはなぜF1から撤退するのか?――社長会見を(ほぼ)完全収録
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0812/06/news004.html
・スバルはなぜWRCから撤退するのか――社長会見を(ほぼ)完全収録
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0812/17/news058.html

Songsmithが熱い?

ウインドウズでおなじみのマイクロソフトだけど、こんな面白いソフトを作っていた。

・身悶えするほど恥ずかしいマイクロソフトのSongsmith
http://www.chikawatanabe.com/blog/2009/01/songsmith.html

名前の由来は、映画アルマゲドンの主題歌「ミス・ア・シング」(I don't want to miss a thing)などで知られる、エアロスミス(Aerosmith)のもじりかな?

一番最初のblogのコメントに書かれている「機械が人に合わせる」ことを実現したのが、このソフトの存在意義といっても過言ではない。
とはいえ、これも元ネタのコメントにあるが、似たようなソフトは昔からあった。
にもかかわらず出したというからには、既存のソフトとは異なる何か特殊な自動伴奏処理を実現しているのだろう(マイクロソフトがただの自動伴奏ソフトを出して終わりとは思えない)。
この辺が参考になりそう?
- MySong, from Microsoft Research, makes your singing sound a lot better than it really does
http://www.istartedsomething.com/20080229/mysong-microsoft-research-singing-sound-a-lot-better/

これも一番最初のblogの記事でも書かれているが、ハード・ロック/ヘヴィ・メタル・バンドのヴァン・ヘイレン(VAN HALEN)のヴォーカル、ディヴィッド・リー・ロスの声に伴奏を付けると……

- David Lee Roth + Microsoft SongSmith = Pure Horror
http://i.gizmodo.com/5129613/david-lee-roth-%252B-microsoft-songsmith--pure-horror

"Pure Horror"というのがなんとも……
ほかにもいろいろあるらしい。

- OASIS
http://www.youtube.com/watch?v=JM1GUk1SBmY

・Microsoft Songsmithで作った伝説のヒット曲は、痛いほどスゴイ
http://jp.techcrunch.com/archives/20090131so-bad-it-hurts-classic-hits-by-microsoft-songsmith/

さらに、初音ミクの声にSongsmithで伴奏を付けようという人も……
初音ミクが歌うのは、ドイツの音楽グループ・ジンギスカンの「めざせモスクワ」。

・Songsmith×初音ミク×もすかう
http://askw1974.seesaa.net/article/113692138.html
http://www.youtube.com/watch?v=ByHmepPnF9Q

マイクロソフトはこんなおばかなソフトを作り続ける限り、安泰だろう(冗談抜きで)。
マイクロソフトにも遊び心のある人たちがいるということがはっきりしたのだから。
あとはオープンソースに理解のある姿勢を見せれば、geekたちのウケはもっとよくなるはず。

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