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孫正義氏の言葉の再考と光の道

・実現を急ぐには理由がある ソフトバンク発の「光の道」
http://diamond.jp/articles/-/10297

上の記事の2ページ目に、こうある。
「孫社長が巧妙なのは、自らの弱点をまったく出さず、『天下国家のため』という“大義名分”を掲げることである」

人間、誰でも弱みは見せたくないだろう。
弱みを見せることで、そこにつけこむハイエナのような人間がいるからだ。
加えて、誰しも本音と建前があるだろう。
「天下国家のため」というのも、日本人全体という点では、大事な観点である。
自分のことだけを考えず、社会全体がプラスになることを考えるのも、またしかりである。

孫氏が提唱する、過疎地も含めた日本の全家庭に光ファイバー網を張り巡らそうという「光の道」。
http://www.softbank.co.jp/hikari/
きちんと目的を持った上での光ファイバー網の配備に私は賛成だが、2016年まで、あるいは税金なしというのは眉唾ものという印象がある。
(これとは別に、すべてをメタル線から光ファイバー網とするならば、メタル線と同様に停電時の通話機能を確保しておく必要もある)
費用対効果(特に過疎地)も無視し、無制限に人と金をつぎ込む、NTTなど既存業者も赤字覚悟で実施するのであれば、実現はできるかも知れない。
かといって、NTTの主張する2025年以降(A案)では、流れの早い現代にあっては遅いという印象がある。
2016年は厳しいとしても、NTTなら2025年よりも早く出来るだろう。
現実的な目標として、全家庭への光ファイバー網配備時期を決めるなら、両案の間をとって、遅くとも2020年がよいと私は考えている。

そして、なにより肝心なのは、光の道というインフラを使って何をするかである。
孫氏は医療クラウドなどを提案しており、医療クラウドには私も賛成である。
なにより、こういったものを実現する手段を構成する1つとして、光の道があるのならば、それは手段と目的が逆転していないので、よいことである。
仮に税金を投入するとしても、理解が得られるかも知れない。
しかし、全家庭に光ファイバー網を敷設することそのものが目的になるようであれば、光の道の意味はないだろう。
光ファイバーではなくとも、従来通りメタル線で通信は出来るからだ。

ただ、「実現を急ぐには理由がある~」の記事のように、iPadやiPhoneなどで増える自社の通信トラフィックにより、「いずれ設備が持たなくなるので、NTTのインフラ部門を切り離して公社化し、負担を肩代わりさせる。そうすれば、自ら投資せずに済む――」というための「光の道」であれば、それはソフトバンク自身が整えるべきだろう。

iPadやiPhoneがもてはやされている中、両者を扱うソフトバンク社長である孫氏も注目されている。
時代を読み、iPadやiPhoneというNTT docomoも欲しがる「兵器」を手に入れたことは、孫氏の力でもある。
しかし、App StoreやiTunesなどのソフトウェアの生態系(エコシステム)も含めた、iPod, iPhone, iPadそのものを実現したことについては、孫氏やソフトバンクがすごいのではなく、Appleのスティーブ・ジョブス、Appleをはじめとする開発者やスタッフがすごいのだ。
iPadにおいては、孫氏やソフトバンクがすごい(開発に深くかかわった)わけではないといった(孫氏を褒め殺しではなくきちんと褒めるニュアンスを込めての)主張は、twitterで読んだのが初めてだが、これには当時も今も私に考えさせる内容である。

最後に、孫氏に限らず誰の言葉であっても(その言葉が胡散臭そうであればなおのこと)、言葉の行間を読み、真意をつかんだり隠れた主張を理解したりすることは、私も意識したい。

ソフトウェア開発は1人から?複数で?

「ソフトウェア」「システム」を作るとき、小さいものであれば、ひとりのほうが早いという主張がある。
他人にお願いすると、仕様を書いてもそれを理解してくれるかどうかわからない、などの理由が根拠にあるだろう。
優秀な人にお願いすればいいかも知れないが、見つかるかどうか、見つかっても引き受けてくれるかどうかは別の問題である。
他人の協力を引き出したいのであれば、まず自分で作り、ある程度出来上がったり自分の手で負えなくなったりした時点でお願いすればいい、と考える人もいるだろう。
ある程度まとまった時点で、オープンソースにして協力を仰ぐという方法もある。
オープンソースにする予定のないアプリケーションでは無理だろうけど。

一方、裏を返せば、大規模なシステムを創り上げるには、1人の力では限界がある。
巨大なオークションサイト、大企業の社内情報システムなど、一から構築しようとなるとまず無理だろう。
既存パッケージをカスタマイズするのであれば1人でもできないことはないだろうが、データベースのエンジン本体のように、その既存パッケージそのものを作ることは厳しい(Oracleと同じ機能だとどれだけの時間がかかるだろう。MySQLなどオープンソースのものはあるけど、仮に1人で開発を開始したとして現時点でも1人で開発しているとは思えない)。
いくつかの既存パッケージを組み合わせる、なんてことになると、それぞれのパッケージそのものを作ることはもっと大変になるはずだ。

とはいえ、多くの人が必要になるという状況で、「仕様書がきちんとしているならば、コーディングをする人はだれでもいい」といった考えは、一歩間違うとITゼネコンの跳梁跋扈を許すことにつながるのだろう。

「下手の考え休みに似たり」というから、あれこれ考えるよりも自分で手を動かす(コーディングする)のが、ドッグイヤーでコモディティ化が進む(難しい技術は共通化され、中身を知らなくても使える)現代では大切な事か。
あとはコーディングのスピードも重要である。
セキュリティなどを含む信頼性が欠けたり、バグが多かったりしても、β版という免罪符を付けてまず世の中に出していかないと、先を越される。
このような考えがあるのもまた確かだ。
だからといって、コーディングは早いけど不正確で行き当たりばったりだったり、あまりに殻に閉じこもってコミュニケーションを取らなかったりは良くない。

自らコーディングするとともに、コミュニケーションも怠らず、技術を積極的にキャッチアップすることが、現代では重要である。

「失われた10年」と医薬品のネット販売

激動のIT革命10年で学んだ人、学ばなかった人
http://it.nikkei.co.jp/business/column/natsuno.aspx?n=MMIT33000025022009

夏野氏は、NTTドコモへ入社した1997年を「大企業はつぶれないという神話が崩れ、日本が大きな転機を迎えた年」と振り返る。
その後、記事にあるように携帯電話は大きく進化していった。
ITが変化した10年については、(国民生活の)「変化の中心にいることができたのは、本当にラッキーなことだった」と述懐している。
一方で、同時期は「失われた10年」「ITバブルとその崩壊」の時期ともオーバーラップする。
前者の説明は記事の本質ではないので省くが、後者はまさに10年でITがジェットコースターのように大きく揺れ動くが如く変化したことを示す、重要なエピソードといえる。
ITが変化した10年は、「失われた10年」と引き換えに得たものかもしれない。

そして、「日本は、この10年間で何かを学んだ人とまったく学んでない人に、あるいは学習した会社・組織と学習していない会社・組織に完全に分かれた気がする。この10年間で、経済と社会は全く異なるステージに完全移行したと思う」と持論を展開する。
会社・組織が「完全に分かれた」はややオーバーだろうが、経済と社会が10年前と今では異なるステージにいることは確かだろう。
特に今現在は。
「IT革命が私たちにもたらした情報流通スピードの高速化、社会変化スピードの速さ、多種多様なプレーヤーの相互関係から生まれる複雑さに、過去のやり方で対応しようとしても無理である」も、耳を傾けるべき点はある。
そして夏野氏は、10年前と今の前提が異なる中で、「学んでない人々、懲りない人々は、未だに昔のやり方・考え方を持ち出すことがある」と切り捨てる。

過去・歴史に学ぶべき点は多い。
それは10年前であっても、だ。
だからといって、過去に固執・拘泥することはよくない。
旧態依然としたやり方が常に通用するとは限らないからである。

一方で、新しいものが必ずしもよいわけではない。
「昔のやり方・考え方を持ち出す」ことに夏野氏は否定的だが、状況によっては過去からの積み重ねで得られたやり方や考え方のほうがよい場面もあるだろう。
「過去の過ち」を二度と犯さないためにも、重要な点だ。
中には、「今起きていることはすべて過去にあり、論語など歴史書を見ればわかる」と豪語される方もいる。
加えて、「ソフトウェア職人気質」という本でも、「職人」は安定したテクノロジを使う、ということが書かれている。
要は、新しいものに安易に飛びつくことを戒めているのだ。
(これもケースバイケースではあり、時には新しいものを選んだほうがいいこともある。古いもの、新しいもの、それぞれに優れた点があり、使い分けることが肝要ではないだろうか。また、新しいものを否定し続けるようでは進歩が止まる)

ただ、「携帯電話のビジネスモデルへの総務省の介入も「今さら感」が拭えない」については同意できる箇所もあるが、一方で介入前で主流の「通話料で携帯電話本体の値引きを回収する」という、長く携帯電話を使う人たちにとっては歪んで見えるビジネスモデルがよいとも思えない。
(国の強引な介入がよかったかどうかは別問題)

後半では、夏野氏は大衆薬のネット販売規制について主張しているが、これはちょっと乱暴だろう(薬学が専門ではない夏野氏が、薬について無知な部分があるのは否めない。もっとも、それは私にも言えるが)。
「大きな社会的便益の逸失につながる」のは確かだが、ネット販売の行きすぎはよくない。
社会的便益云々を過度に主張することは、市場原理主義者、守銭奴や金の亡者のやることである。
また、検討会のメンバー構成の偏り、「前世紀の遺物」にしがみつく旧態依然としたルール決定には、指摘どおり確かに問題がある。

だが、ルール検討の過程では、薬害の被害にあったメンバーが安全性への疑問を投げかけるなど、耳を傾けるべき内容もある。
多くの国民の意見を取り入れることは大切だが、一方で行き過ぎた大衆迎合もまた問題で、少数派の意見もある程度は尊重すべきである。
それらを果たす役割が、有識者の検討会にあるのではないか。
だからこそ、有識者メンバーの構成は大切ではある。
私の主張は、「医薬品のネット販売に潜む問題」(http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-1ca6.html)に書いたので、そちらも読んで欲しい。

「すべての商品の安全性を国で審査させることは不可能だし、もしやらせたら、そのためのコストは膨大になるだろう」のは確かだ。
国が出来ることには限界があり、また政府における無駄なコストを削減することは絶対にしなくてはいけない。
だが、世の中にはコストに変えられないものもある。
医療など、人の命にかかわるものだ。
その見極めは必要だろう。
(だからといって、コスト削減の努力を怠ってはいけない。コストも含め、日本医療はさまざまな問題を抱えているが、コスト削減と質の向上という二律背反しているように見える問題でも、二兎を追う努力は必要だ)

夏野氏は、時代が変化する中で「自分のしていることが後の世代に評価されると思いますか、本当に自信があるのですか。未来を生きていく自分の子どもに、自分がしていることを堂々と伝えられますか」と書いている。
この行動基準は大切なことだ。
私もこの点はまだ未熟なので、自分の行動が未来の人たちに評価されるように努め、意識したい。
ただ、医薬品のネット販売に関しては、あえてその言葉を夏野氏にそのまま返したい。

最後に、夏野氏は記事の前半で「官製不況の責任は誰が取るのか」と不況の責任が国にあるように書いていながら、後半で「日本の消費者の中には何でも国のせいにする人もいる」と書いているが、真意は……

日本がICT鎖国から抜け出すには

・ドメスティックな情報サービス産業の将来、国際化への道
http://it.nikkei.co.jp/business/column/hamaguchi_it.aspx?n=MMIT2z000029092008

ここに書いてある提言がすべてとは私は思わないし、また盲目的に国際化を進めるのは間違いである。
ただ、「情報サービス産業に属する私達自身が世界住民としての感覚を持たねばならない」など、参考になる点はある。
もっとも、産業構造を変える(開発手法などを変える、「パラダイムシフト」とでも書くべきか)、外国語に強くなる(英語は大事だが、他の言語も)など、根本からICT産業を変えない限り、日本のICT産業は永遠に鎖国状況が続くだろう。

打ち砕かれるクラウドコンピューティングの神話

・クラウドコンピューティングにおける5つの神話を打ち砕く
http://japan.zdnet.com/sp/feature/07tenthings/story/0,3800082984,20388018,00.htm?ref=rss

そこそこ読み応えある記事。
取り上げている神話が現実離れしている(「スイッチ1つで自社のITをクラウドコンピューティングに移行することができる」とか)ような気もするが、その神話を論理だてて論破している。
「クラウドコンピューティング」が「Web2.0」のように、意味もわからず蔓延しないことを祈りたいものだ(すでにそうなっていて、実は手遅れ?)。

Songsmithが熱い?

ウインドウズでおなじみのマイクロソフトだけど、こんな面白いソフトを作っていた。

・身悶えするほど恥ずかしいマイクロソフトのSongsmith
http://www.chikawatanabe.com/blog/2009/01/songsmith.html

名前の由来は、映画アルマゲドンの主題歌「ミス・ア・シング」(I don't want to miss a thing)などで知られる、エアロスミス(Aerosmith)のもじりかな?

一番最初のblogのコメントに書かれている「機械が人に合わせる」ことを実現したのが、このソフトの存在意義といっても過言ではない。
とはいえ、これも元ネタのコメントにあるが、似たようなソフトは昔からあった。
にもかかわらず出したというからには、既存のソフトとは異なる何か特殊な自動伴奏処理を実現しているのだろう(マイクロソフトがただの自動伴奏ソフトを出して終わりとは思えない)。
この辺が参考になりそう?
- MySong, from Microsoft Research, makes your singing sound a lot better than it really does
http://www.istartedsomething.com/20080229/mysong-microsoft-research-singing-sound-a-lot-better/

これも一番最初のblogの記事でも書かれているが、ハード・ロック/ヘヴィ・メタル・バンドのヴァン・ヘイレン(VAN HALEN)のヴォーカル、ディヴィッド・リー・ロスの声に伴奏を付けると……

- David Lee Roth + Microsoft SongSmith = Pure Horror
http://i.gizmodo.com/5129613/david-lee-roth-%252B-microsoft-songsmith--pure-horror

"Pure Horror"というのがなんとも……
ほかにもいろいろあるらしい。

- OASIS
http://www.youtube.com/watch?v=JM1GUk1SBmY

・Microsoft Songsmithで作った伝説のヒット曲は、痛いほどスゴイ
http://jp.techcrunch.com/archives/20090131so-bad-it-hurts-classic-hits-by-microsoft-songsmith/

さらに、初音ミクの声にSongsmithで伴奏を付けようという人も……
初音ミクが歌うのは、ドイツの音楽グループ・ジンギスカンの「めざせモスクワ」。

・Songsmith×初音ミク×もすかう
http://askw1974.seesaa.net/article/113692138.html
http://www.youtube.com/watch?v=ByHmepPnF9Q

マイクロソフトはこんなおばかなソフトを作り続ける限り、安泰だろう(冗談抜きで)。
マイクロソフトにも遊び心のある人たちがいるということがはっきりしたのだから。
あとはオープンソースに理解のある姿勢を見せれば、geekたちのウケはもっとよくなるはず。

ICT産業の課題

「SE度」高いITベンダーに見える3つのパターン・日本のIT産業の課題(1)
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMITac000010122007

上の記事はもう1年近く前の記事になったけど、参考にはなる。
SE度を7つの視点(アウトプット力、プロジェクト管理力、品質管理力、プロセス改善力、開発技術力、人材育成力、顧客接点力)から分析したとのこと。
そして、企業の成功モデルを3つ取り上げている(以下引用)。
1: 品質管理やプロセス改善を「ジックリ」行なう改善型
2: プロジェクト管理や顧客接点を「シッカリ」押さえる管理型
3: 改善と管理の両方をバランスよくやっている総合型
1は事前評価を十分に行う、不具合のデータを蓄積する、などを行うパターンである。
2はプロジェクトマネージャの支援を十分に行う、顧客とのコミュニケーションを十分に行う、などが特徴である。
3は1と2の中間で、大手IT企業のパターンである。

注目は文末の指摘。
「大手IT企業のソフトウエア開発における収益力の高さは、その下請けになる中堅・中小IT企業に支えられており、またこの多層下請け構造は、中堅・中小IT企業自身が切磋琢磨することを放棄させている。先に述べた改善型や管理型といった成功モデルの追求を妨げ、人材派遣に甘んじるといった産業構造の温床になっている。大企業が努力しているということもあるが、中小企業が改善努力をしない、あるいはできないことで企業規模とSE度の相関を高めている」
極論すると、大手企業は作業のためのモデルやガイダンスを作るだけであり、それを下請けに当てはめているだけ、なんて見方も出来る。
このように、作業は直接せず作業モデルを体型付けて下請けに提示することで、まさに管理者として振る舞い、プロジェクトを円滑に進める努力をする企業の存在も必要なのかもしれない。
ただし、それが中小企業の改善余地を奪っているのだとすれば大きな問題である。
適度な自由や裁量を中小企業に与えることも、改善余地を作り出すきっかけなのだから。

なお、「日本のIT産業の課題」は(2)と(3)も参考になる。
感想は割愛。

・多重下請け、人材派遣構造が阻む業界のイノベーション・日本のIT産業の課題(2)
http://it.nikkei.co.jp/business/news/busi_gyoukai.aspx?ichiran=True&n=MMITac000017122007&Page=30
・欠かせないグローバル視点での競争力強化・日本のIT産業の課題(3)
http://it.nikkei.co.jp/business/news/busi_gyoukai.aspx?ichiran=True&n=MMITac000025122007&Page=29

IT産業の生態系

・日本IT復活へ新たなエコシステムを・英エジンバラ大教授
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMITaa000018022008

ここでいうエコシステムは、IT産業の生態系のことである(グリーンITなどとは違う)。
マーチン・フランスマン英エジンバラ教授は、次のように指摘している。
まず、「日本と欧州のIT産業は、似たような状況(アマゾン・ドット・コム、ヤフー、グーグルに代表される米国のIT産業にチャレンジしつつ、中国やインドなどの新興国の追い上げに備えるという厳しい立場)にある」という。
そんな中、ハードウェアのメーカー、コンテンツプロバイダー、エンドユーザなどが「それぞれに密接な関係を持ち、影響しあいながら産業全体を発展させていく」IT産業の生態系からイノベーションを作り上げる必要性を説いている。
「例えば米国IT産業のエコシステムでは、ベンチャーキャピタルやアントレプレナー(起業家)、そして大学などが重要な役割を果たしている。そのために新規参入や新しいビジネス領域の開拓を実現しやすい。これがイノベーションを誘発し、競争力の源泉につながっている」とのことである。

アメリカという国が新規参入や新しいビジネス領域の開拓をしやすい環境にあるのは、ITに限らず当てはまるのであろう(聞いた話だけではあるが)。
これはハイリスク・ハイリターンであり、日本とは異なる状況だろう。
例えば、新卒の就職活動では大企業へ進みたがるという安定志向があるようだし、一方で経済が不安定な時期は公務員志向が強くなるようでもある。
これでは、新卒でベンチャーを立ち上げるなど、ごく少数だろう(少なくとも私の周りでそういうことをした大学の同期はいない)。
日本では一度就職してから起業するというパターンですら少ないという印象があるのだから。
いずれにせよ、日本はローリスク・ロー(ミドル?)リターン型だろう。
アメリカ標準が必ずしもよいとは言い切れないが(まして金融危機の震源地における社会風土だからなおのこと)、よい点は見習う必要がある。

あと、上の記事にある「iPodの主要部品は日本製なのに、なぜiPodは日本から生まれなかったのか」という疑問に対し、「これも日本のエコシステムの問題なのか」とインタビュアーが述べた後、フランスマン教授はこう指摘している(抜粋)。
「iPodはやや特殊なケース」
「これは米国のエコシステムの勝利というよりは、(中略)デザインを武器にニッチではあるが忠誠心の高いファン層を獲得する、という戦略で生き延びてきたアップルが、同じ手法でミュージックプレーヤーを開発したに過ぎない」
「むしろ学ぶべきは、グーグルやヤフー、アマゾンといったアプリケーションプロバイダーが世界的な成功を収めているという事実」

アップルの製品の武器の1つはデザインだとは思うが、それだけではないだろう。
例えば、ユーザインターフェイス(UI)などだ。
iTunesのUIからMacを買った、なんて人もいる(それをiTunesは誘発している)ようだから。

それはさておき、Googleなどがアメリカから生まれ、世界を席巻していることは確かだろう。
日本にGoogleに相当する会社がないことからも、裏づけは取れそう。
(「はてな」「mixi」などはちょっと違うだろう)
日本(や他の国々)とアメリカでは何が違う(ギャップがある)のだろうか、とじっくり考える必要はあるのかもしれない。
教育(私個人の意見だが、「独創性を生む教育をしていない」「受験のことばかり力を入れ、基礎をおろそかにしている(?)」などが理由?)などに行き着きそうだが、なんとも書けない。
そして、それらのギャップをどう埋めるかが問題になるのだろう。

ICT業界のガラパゴス諸島・日本への処方箋

Docomoが新機種(の発売予定)を発表し、携帯の新商品も一通り出揃ったみたいだ。
で、日本の携帯電話といえば、ガラパゴス諸島らしい。
日本の携帯電話は世界と比べ独自の発展を遂げているが、世界の潮流には乗れず、まるで独自の生態系を維持するガラパゴス諸島のようだから、というのが上の理由のようだ。
ということで、少し前であるが次の記事を紹介。

・日本のIT業界は「ガラパゴス」を脱せるか・専門家はこう見た’08夏(4)
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMIT00002030072008
いろいろな人たちが、IT業界のガラパゴス諸島と化した日本を変えるにはどうするか、提言している。

さまざまな意見はあるが、外国に目を向ける(人材の登用、英語力を付ける、海外進出支援など)、人材育成に力を、といった意見が多い。
中には「脱ガラパゴスは無理」「ガラパゴス諸島に失礼」という意見も。

とにかく、日本のIT業界には数え切れないほどの問題があることはわかる。
これらの問題を解決するには、上で指摘されたことを始め、やるべきことがあまりに多い。

一方、こんな意見もある。

・「ガラパゴス」で悪いのか?
http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/1427

ガラパゴス日本にはガラパゴス日本で、良いものもある。
例えば、携帯電話は電子マネーとの融合では、いい意味で世界をリードしていると考えている(功罪もあるだろうけど)。
ただ、携帯電話に限らず、あまりに日本独自の点にこだわり、世界のよいものを取り入れないことは問題だと私は考えている。

『「ガラパゴス」で悪いのか?』では、次の指摘がある。
「つまり、(中略)「日本社会への適応」も近未来の先取りになってしまう可能性のあるものが少なくないのだ。
だからと言って、過適応が肯定されるというものでもないけれど、単純に「日本への適応」を「ガラパゴス化」と非難するべきでもない。「日本固有」に見えるものの中にも、単なる過適応もあれば、「近未来」なものもある。「ぐろーばるすたんだーど」という名の「アメリカ標準」を盲信したり、出羽守になってもしょうがないのだ」
結局は内向き過ぎてもいけないが、外向き過ぎてもよくないということである。
私はこの記事で、悪い日本の現状を変えるには「外国に目を向ける」ことが重要だと書いたが、それは日本のよいところを捨てるという意味ではなく、良い所は伸ばし、悪いところは海外に見習い改善していくべき、というニュアンスを、薄くではあるが書いたつもりだ。
もっとも、それは良くも悪くも「結局はバランスが大事だ」という、無難な主張になってしまうのだが(私も過去の日記で似たような主張や結論になることがよくあったので、自戒を込めて)。

「良い所は伸ばし、悪いところは海外に見習い改善していく」「真似や後追いばかりせず、よい意味で独創的なものも提案していく」ことで、よりよい日本型のIT(ICT)産業モデルが生まれるだろう。
そしてそれは、ICTに限らず、他の業界などでも同じことである。

ICT業界における多重下請けを解消するには

・脱・多重下請け構造へIT業界がすべきこと
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMIT2z000016092008

下請けに任せる理由としては、人件費が安く利益を確保できる、自社だけでは人が足りない、などいろいろある。
ただ、多重下請けは「各社がこのように固有のスキルやノウハウを持てれば問題は改善される」とあるが、そんな当たり前のことで解決できるほど甘い状況ではないと私は見る。
各社(個人)が固有のスキルを持つだけでなく、前述の下請けに任せた際の問題を解決しなくてはいけないから、というのが理由だ。
すべてを一度に解決するのは難しいだろうから、1つ1つ解決していくしかないだろう。
安易に人件費の安いところへ丸投げすることを避ける(記事中でも触れられているが、そうすればピンハネも減る)、発注元にもそれなりのコスト負担をお願いする(これは安い費用で無理な要求をする発注元も悪い)、などが解決策の例か。
もっとも、人材育成や人材確保のようにすぐにできない問題もある。
人材育成は時間がかかるし、人材確保は記事を読む限りヨーロッパ型が参考になりそうだが、後者は日本にあったやり方も必要で、法律の改正も必要となるかもしれない。
ただ、このように問題の多い多重下請けというやり方は、いずれ行き詰るだろう。
それで悪徳業者が淘汰されればよいのだが……

一方、記事中でも触れられている「指揮命令や責任区分の問題」は、プロジェクト管理さえしっかりしているなら何とかなる、ということもあるだろう。
SIの場合、仕様が固まっていれば作業の見通しも立てやすくなり、結果としてプロジェクト管理も容易になる。
現実は仕様が固まっていなかったり、追加されたり、あいまいだったり、あるいはおかしかったりなど、理想とは程遠いのだが。
そんな状況でプロジェクトを管理しようとしたらどうなるか、推して知るべし。
(もっとも、肝心の実装の箇所ではやってみないとわからないことがいろいろある。Life is beautifulの中島氏もそんなことを指摘していた憶えがある。机上の計算通りなら何の苦労もない、ということだ)
ただし、プロジェクトの目的という「魂」がなければ、プロジェクト管理はただ人や作業を管理しているだけで終わり、管理自体がプロジェクトの目的と化してしまうだろう。
仏作って魂入れずとはまさにこのこと。
プロジェクトマネージャには、プロジェクトの目的をメンバーに的確に伝え、メンバーを束ねる強力なリーダーシップがなければいけないだろう。

PS1 「固有のスキルやノウハウ」のくだりで、ビジネスの世界では何か1つでも強みがなければ生き残ることは難しいことを、とある方へ相談した際に指摘されたことを思い出した
PS2 SI以外の仕事では、プロジェクトの最終到達点が明確であっても最終成果(仕様)の内容が不明瞭なこともあり、プロジェクト管理が難しい点もある。これもやってみないとわからないことがいろいろあって、難しい
PS3 記事中に「日本人一般として職業の安定を志向する」とあるが、日本は老後に金がかかり、年金も今後は当てにならないだろうから、稼げるときに安定的に稼いでおかないと、退職後は「健康で文化的な最低限度の生活」すらままならないだろう。だから、職業安定志向は至極当然ではないだろうか

May 2017
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