パソコン・インターネット

「失われた10年」と医薬品のネット販売

激動のIT革命10年で学んだ人、学ばなかった人
http://it.nikkei.co.jp/business/column/natsuno.aspx?n=MMIT33000025022009

夏野氏は、NTTドコモへ入社した1997年を「大企業はつぶれないという神話が崩れ、日本が大きな転機を迎えた年」と振り返る。
その後、記事にあるように携帯電話は大きく進化していった。
ITが変化した10年については、(国民生活の)「変化の中心にいることができたのは、本当にラッキーなことだった」と述懐している。
一方で、同時期は「失われた10年」「ITバブルとその崩壊」の時期ともオーバーラップする。
前者の説明は記事の本質ではないので省くが、後者はまさに10年でITがジェットコースターのように大きく揺れ動くが如く変化したことを示す、重要なエピソードといえる。
ITが変化した10年は、「失われた10年」と引き換えに得たものかもしれない。

そして、「日本は、この10年間で何かを学んだ人とまったく学んでない人に、あるいは学習した会社・組織と学習していない会社・組織に完全に分かれた気がする。この10年間で、経済と社会は全く異なるステージに完全移行したと思う」と持論を展開する。
会社・組織が「完全に分かれた」はややオーバーだろうが、経済と社会が10年前と今では異なるステージにいることは確かだろう。
特に今現在は。
「IT革命が私たちにもたらした情報流通スピードの高速化、社会変化スピードの速さ、多種多様なプレーヤーの相互関係から生まれる複雑さに、過去のやり方で対応しようとしても無理である」も、耳を傾けるべき点はある。
そして夏野氏は、10年前と今の前提が異なる中で、「学んでない人々、懲りない人々は、未だに昔のやり方・考え方を持ち出すことがある」と切り捨てる。

過去・歴史に学ぶべき点は多い。
それは10年前であっても、だ。
だからといって、過去に固執・拘泥することはよくない。
旧態依然としたやり方が常に通用するとは限らないからである。

一方で、新しいものが必ずしもよいわけではない。
「昔のやり方・考え方を持ち出す」ことに夏野氏は否定的だが、状況によっては過去からの積み重ねで得られたやり方や考え方のほうがよい場面もあるだろう。
「過去の過ち」を二度と犯さないためにも、重要な点だ。
中には、「今起きていることはすべて過去にあり、論語など歴史書を見ればわかる」と豪語される方もいる。
加えて、「ソフトウェア職人気質」という本でも、「職人」は安定したテクノロジを使う、ということが書かれている。
要は、新しいものに安易に飛びつくことを戒めているのだ。
(これもケースバイケースではあり、時には新しいものを選んだほうがいいこともある。古いもの、新しいもの、それぞれに優れた点があり、使い分けることが肝要ではないだろうか。また、新しいものを否定し続けるようでは進歩が止まる)

ただ、「携帯電話のビジネスモデルへの総務省の介入も「今さら感」が拭えない」については同意できる箇所もあるが、一方で介入前で主流の「通話料で携帯電話本体の値引きを回収する」という、長く携帯電話を使う人たちにとっては歪んで見えるビジネスモデルがよいとも思えない。
(国の強引な介入がよかったかどうかは別問題)

後半では、夏野氏は大衆薬のネット販売規制について主張しているが、これはちょっと乱暴だろう(薬学が専門ではない夏野氏が、薬について無知な部分があるのは否めない。もっとも、それは私にも言えるが)。
「大きな社会的便益の逸失につながる」のは確かだが、ネット販売の行きすぎはよくない。
社会的便益云々を過度に主張することは、市場原理主義者、守銭奴や金の亡者のやることである。
また、検討会のメンバー構成の偏り、「前世紀の遺物」にしがみつく旧態依然としたルール決定には、指摘どおり確かに問題がある。

だが、ルール検討の過程では、薬害の被害にあったメンバーが安全性への疑問を投げかけるなど、耳を傾けるべき内容もある。
多くの国民の意見を取り入れることは大切だが、一方で行き過ぎた大衆迎合もまた問題で、少数派の意見もある程度は尊重すべきである。
それらを果たす役割が、有識者の検討会にあるのではないか。
だからこそ、有識者メンバーの構成は大切ではある。
私の主張は、「医薬品のネット販売に潜む問題」(http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-1ca6.html)に書いたので、そちらも読んで欲しい。

「すべての商品の安全性を国で審査させることは不可能だし、もしやらせたら、そのためのコストは膨大になるだろう」のは確かだ。
国が出来ることには限界があり、また政府における無駄なコストを削減することは絶対にしなくてはいけない。
だが、世の中にはコストに変えられないものもある。
医療など、人の命にかかわるものだ。
その見極めは必要だろう。
(だからといって、コスト削減の努力を怠ってはいけない。コストも含め、日本医療はさまざまな問題を抱えているが、コスト削減と質の向上という二律背反しているように見える問題でも、二兎を追う努力は必要だ)

夏野氏は、時代が変化する中で「自分のしていることが後の世代に評価されると思いますか、本当に自信があるのですか。未来を生きていく自分の子どもに、自分がしていることを堂々と伝えられますか」と書いている。
この行動基準は大切なことだ。
私もこの点はまだ未熟なので、自分の行動が未来の人たちに評価されるように努め、意識したい。
ただ、医薬品のネット販売に関しては、あえてその言葉を夏野氏にそのまま返したい。

最後に、夏野氏は記事の前半で「官製不況の責任は誰が取るのか」と不況の責任が国にあるように書いていながら、後半で「日本の消費者の中には何でも国のせいにする人もいる」と書いているが、真意は……

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日本がICT鎖国から抜け出すには

・ドメスティックな情報サービス産業の将来、国際化への道
http://it.nikkei.co.jp/business/column/hamaguchi_it.aspx?n=MMIT2z000029092008

ここに書いてある提言がすべてとは私は思わないし、また盲目的に国際化を進めるのは間違いである。
ただ、「情報サービス産業に属する私達自身が世界住民としての感覚を持たねばならない」など、参考になる点はある。
もっとも、産業構造を変える(開発手法などを変える、「パラダイムシフト」とでも書くべきか)、外国語に強くなる(英語は大事だが、他の言語も)など、根本からICT産業を変えない限り、日本のICT産業は永遠に鎖国状況が続くだろう。

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打ち砕かれるクラウドコンピューティングの神話

・クラウドコンピューティングにおける5つの神話を打ち砕く
http://japan.zdnet.com/sp/feature/07tenthings/story/0,3800082984,20388018,00.htm?ref=rss

そこそこ読み応えある記事。
取り上げている神話が現実離れしている(「スイッチ1つで自社のITをクラウドコンピューティングに移行することができる」とか)ような気もするが、その神話を論理だてて論破している。
「クラウドコンピューティング」が「Web2.0」のように、意味もわからず蔓延しないことを祈りたいものだ(すでにそうなっていて、実は手遅れ?)。

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Songsmithが熱い?

ウインドウズでおなじみのマイクロソフトだけど、こんな面白いソフトを作っていた。

・身悶えするほど恥ずかしいマイクロソフトのSongsmith
http://www.chikawatanabe.com/blog/2009/01/songsmith.html

名前の由来は、映画アルマゲドンの主題歌「ミス・ア・シング」(I don't want to miss a thing)などで知られる、エアロスミス(Aerosmith)のもじりかな?

一番最初のblogのコメントに書かれている「機械が人に合わせる」ことを実現したのが、このソフトの存在意義といっても過言ではない。
とはいえ、これも元ネタのコメントにあるが、似たようなソフトは昔からあった。
にもかかわらず出したというからには、既存のソフトとは異なる何か特殊な自動伴奏処理を実現しているのだろう(マイクロソフトがただの自動伴奏ソフトを出して終わりとは思えない)。
この辺が参考になりそう?
- MySong, from Microsoft Research, makes your singing sound a lot better than it really does
http://www.istartedsomething.com/20080229/mysong-microsoft-research-singing-sound-a-lot-better/

これも一番最初のblogの記事でも書かれているが、ハード・ロック/ヘヴィ・メタル・バンドのヴァン・ヘイレン(VAN HALEN)のヴォーカル、ディヴィッド・リー・ロスの声に伴奏を付けると……

- David Lee Roth + Microsoft SongSmith = Pure Horror
http://i.gizmodo.com/5129613/david-lee-roth-%252B-microsoft-songsmith--pure-horror

"Pure Horror"というのがなんとも……
ほかにもいろいろあるらしい。

- OASIS
http://www.youtube.com/watch?v=JM1GUk1SBmY

・Microsoft Songsmithで作った伝説のヒット曲は、痛いほどスゴイ
http://jp.techcrunch.com/archives/20090131so-bad-it-hurts-classic-hits-by-microsoft-songsmith/

さらに、初音ミクの声にSongsmithで伴奏を付けようという人も……
初音ミクが歌うのは、ドイツの音楽グループ・ジンギスカンの「めざせモスクワ」。

・Songsmith×初音ミク×もすかう
http://askw1974.seesaa.net/article/113692138.html
http://www.youtube.com/watch?v=ByHmepPnF9Q

マイクロソフトはこんなおばかなソフトを作り続ける限り、安泰だろう(冗談抜きで)。
マイクロソフトにも遊び心のある人たちがいるということがはっきりしたのだから。
あとはオープンソースに理解のある姿勢を見せれば、geekたちのウケはもっとよくなるはず。

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ICT産業の課題

「SE度」高いITベンダーに見える3つのパターン・日本のIT産業の課題(1)
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMITac000010122007

上の記事はもう1年近く前の記事になったけど、参考にはなる。
SE度を7つの視点(アウトプット力、プロジェクト管理力、品質管理力、プロセス改善力、開発技術力、人材育成力、顧客接点力)から分析したとのこと。
そして、企業の成功モデルを3つ取り上げている(以下引用)。
1: 品質管理やプロセス改善を「ジックリ」行なう改善型
2: プロジェクト管理や顧客接点を「シッカリ」押さえる管理型
3: 改善と管理の両方をバランスよくやっている総合型
1は事前評価を十分に行う、不具合のデータを蓄積する、などを行うパターンである。
2はプロジェクトマネージャの支援を十分に行う、顧客とのコミュニケーションを十分に行う、などが特徴である。
3は1と2の中間で、大手IT企業のパターンである。

注目は文末の指摘。
「大手IT企業のソフトウエア開発における収益力の高さは、その下請けになる中堅・中小IT企業に支えられており、またこの多層下請け構造は、中堅・中小IT企業自身が切磋琢磨することを放棄させている。先に述べた改善型や管理型といった成功モデルの追求を妨げ、人材派遣に甘んじるといった産業構造の温床になっている。大企業が努力しているということもあるが、中小企業が改善努力をしない、あるいはできないことで企業規模とSE度の相関を高めている」
極論すると、大手企業は作業のためのモデルやガイダンスを作るだけであり、それを下請けに当てはめているだけ、なんて見方も出来る。
このように、作業は直接せず作業モデルを体型付けて下請けに提示することで、まさに管理者として振る舞い、プロジェクトを円滑に進める努力をする企業の存在も必要なのかもしれない。
ただし、それが中小企業の改善余地を奪っているのだとすれば大きな問題である。
適度な自由や裁量を中小企業に与えることも、改善余地を作り出すきっかけなのだから。

なお、「日本のIT産業の課題」は(2)と(3)も参考になる。
感想は割愛。

・多重下請け、人材派遣構造が阻む業界のイノベーション・日本のIT産業の課題(2)
http://it.nikkei.co.jp/business/news/busi_gyoukai.aspx?ichiran=True&n=MMITac000017122007&Page=30
・欠かせないグローバル視点での競争力強化・日本のIT産業の課題(3)
http://it.nikkei.co.jp/business/news/busi_gyoukai.aspx?ichiran=True&n=MMITac000025122007&Page=29

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IT産業の生態系

・日本IT復活へ新たなエコシステムを・英エジンバラ大教授
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMITaa000018022008

ここでいうエコシステムは、IT産業の生態系のことである(グリーンITなどとは違う)。
マーチン・フランスマン英エジンバラ教授は、次のように指摘している。
まず、「日本と欧州のIT産業は、似たような状況(アマゾン・ドット・コム、ヤフー、グーグルに代表される米国のIT産業にチャレンジしつつ、中国やインドなどの新興国の追い上げに備えるという厳しい立場)にある」という。
そんな中、ハードウェアのメーカー、コンテンツプロバイダー、エンドユーザなどが「それぞれに密接な関係を持ち、影響しあいながら産業全体を発展させていく」IT産業の生態系からイノベーションを作り上げる必要性を説いている。
「例えば米国IT産業のエコシステムでは、ベンチャーキャピタルやアントレプレナー(起業家)、そして大学などが重要な役割を果たしている。そのために新規参入や新しいビジネス領域の開拓を実現しやすい。これがイノベーションを誘発し、競争力の源泉につながっている」とのことである。

アメリカという国が新規参入や新しいビジネス領域の開拓をしやすい環境にあるのは、ITに限らず当てはまるのであろう(聞いた話だけではあるが)。
これはハイリスク・ハイリターンであり、日本とは異なる状況だろう。
例えば、新卒の就職活動では大企業へ進みたがるという安定志向があるようだし、一方で経済が不安定な時期は公務員志向が強くなるようでもある。
これでは、新卒でベンチャーを立ち上げるなど、ごく少数だろう(少なくとも私の周りでそういうことをした大学の同期はいない)。
日本では一度就職してから起業するというパターンですら少ないという印象があるのだから。
いずれにせよ、日本はローリスク・ロー(ミドル?)リターン型だろう。
アメリカ標準が必ずしもよいとは言い切れないが(まして金融危機の震源地における社会風土だからなおのこと)、よい点は見習う必要がある。

あと、上の記事にある「iPodの主要部品は日本製なのに、なぜiPodは日本から生まれなかったのか」という疑問に対し、「これも日本のエコシステムの問題なのか」とインタビュアーが述べた後、フランスマン教授はこう指摘している(抜粋)。
「iPodはやや特殊なケース」
「これは米国のエコシステムの勝利というよりは、(中略)デザインを武器にニッチではあるが忠誠心の高いファン層を獲得する、という戦略で生き延びてきたアップルが、同じ手法でミュージックプレーヤーを開発したに過ぎない」
「むしろ学ぶべきは、グーグルやヤフー、アマゾンといったアプリケーションプロバイダーが世界的な成功を収めているという事実」

アップルの製品の武器の1つはデザインだとは思うが、それだけではないだろう。
例えば、ユーザインターフェイス(UI)などだ。
iTunesのUIからMacを買った、なんて人もいる(それをiTunesは誘発している)ようだから。

それはさておき、Googleなどがアメリカから生まれ、世界を席巻していることは確かだろう。
日本にGoogleに相当する会社がないことからも、裏づけは取れそう。
(「はてな」「mixi」などはちょっと違うだろう)
日本(や他の国々)とアメリカでは何が違う(ギャップがある)のだろうか、とじっくり考える必要はあるのかもしれない。
教育(私個人の意見だが、「独創性を生む教育をしていない」「受験のことばかり力を入れ、基礎をおろそかにしている(?)」などが理由?)などに行き着きそうだが、なんとも書けない。
そして、それらのギャップをどう埋めるかが問題になるのだろう。

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ICT業界のガラパゴス諸島・日本への処方箋

Docomoが新機種(の発売予定)を発表し、携帯の新商品も一通り出揃ったみたいだ。
で、日本の携帯電話といえば、ガラパゴス諸島らしい。
日本の携帯電話は世界と比べ独自の発展を遂げているが、世界の潮流には乗れず、まるで独自の生態系を維持するガラパゴス諸島のようだから、というのが上の理由のようだ。
ということで、少し前であるが次の記事を紹介。

・日本のIT業界は「ガラパゴス」を脱せるか・専門家はこう見た’08夏(4)
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMIT00002030072008
いろいろな人たちが、IT業界のガラパゴス諸島と化した日本を変えるにはどうするか、提言している。

さまざまな意見はあるが、外国に目を向ける(人材の登用、英語力を付ける、海外進出支援など)、人材育成に力を、といった意見が多い。
中には「脱ガラパゴスは無理」「ガラパゴス諸島に失礼」という意見も。

とにかく、日本のIT業界には数え切れないほどの問題があることはわかる。
これらの問題を解決するには、上で指摘されたことを始め、やるべきことがあまりに多い。

一方、こんな意見もある。

・「ガラパゴス」で悪いのか?
http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/1427

ガラパゴス日本にはガラパゴス日本で、良いものもある。
例えば、携帯電話は電子マネーとの融合では、いい意味で世界をリードしていると考えている(功罪もあるだろうけど)。
ただ、携帯電話に限らず、あまりに日本独自の点にこだわり、世界のよいものを取り入れないことは問題だと私は考えている。

『「ガラパゴス」で悪いのか?』では、次の指摘がある。
「つまり、(中略)「日本社会への適応」も近未来の先取りになってしまう可能性のあるものが少なくないのだ。
だからと言って、過適応が肯定されるというものでもないけれど、単純に「日本への適応」を「ガラパゴス化」と非難するべきでもない。「日本固有」に見えるものの中にも、単なる過適応もあれば、「近未来」なものもある。「ぐろーばるすたんだーど」という名の「アメリカ標準」を盲信したり、出羽守になってもしょうがないのだ」
結局は内向き過ぎてもいけないが、外向き過ぎてもよくないということである。
私はこの記事で、悪い日本の現状を変えるには「外国に目を向ける」ことが重要だと書いたが、それは日本のよいところを捨てるという意味ではなく、良い所は伸ばし、悪いところは海外に見習い改善していくべき、というニュアンスを、薄くではあるが書いたつもりだ。
もっとも、それは良くも悪くも「結局はバランスが大事だ」という、無難な主張になってしまうのだが(私も過去の日記で似たような主張や結論になることがよくあったので、自戒を込めて)。

「良い所は伸ばし、悪いところは海外に見習い改善していく」「真似や後追いばかりせず、よい意味で独創的なものも提案していく」ことで、よりよい日本型のIT(ICT)産業モデルが生まれるだろう。
そしてそれは、ICTに限らず、他の業界などでも同じことである。

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ICT業界における多重下請けを解消するには

・脱・多重下請け構造へIT業界がすべきこと
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMIT2z000016092008

下請けに任せる理由としては、人件費が安く利益を確保できる、自社だけでは人が足りない、などいろいろある。
ただ、多重下請けは「各社がこのように固有のスキルやノウハウを持てれば問題は改善される」とあるが、そんな当たり前のことで解決できるほど甘い状況ではないと私は見る。
各社(個人)が固有のスキルを持つだけでなく、前述の下請けに任せた際の問題を解決しなくてはいけないから、というのが理由だ。
すべてを一度に解決するのは難しいだろうから、1つ1つ解決していくしかないだろう。
安易に人件費の安いところへ丸投げすることを避ける(記事中でも触れられているが、そうすればピンハネも減る)、発注元にもそれなりのコスト負担をお願いする(これは安い費用で無理な要求をする発注元も悪い)、などが解決策の例か。
もっとも、人材育成や人材確保のようにすぐにできない問題もある。
人材育成は時間がかかるし、人材確保は記事を読む限りヨーロッパ型が参考になりそうだが、後者は日本にあったやり方も必要で、法律の改正も必要となるかもしれない。
ただ、このように問題の多い多重下請けというやり方は、いずれ行き詰るだろう。
それで悪徳業者が淘汰されればよいのだが……

一方、記事中でも触れられている「指揮命令や責任区分の問題」は、プロジェクト管理さえしっかりしているなら何とかなる、ということもあるだろう。
SIの場合、仕様が固まっていれば作業の見通しも立てやすくなり、結果としてプロジェクト管理も容易になる。
現実は仕様が固まっていなかったり、追加されたり、あいまいだったり、あるいはおかしかったりなど、理想とは程遠いのだが。
そんな状況でプロジェクトを管理しようとしたらどうなるか、推して知るべし。
(もっとも、肝心の実装の箇所ではやってみないとわからないことがいろいろある。Life is beautifulの中島氏もそんなことを指摘していた憶えがある。机上の計算通りなら何の苦労もない、ということだ)
ただし、プロジェクトの目的という「魂」がなければ、プロジェクト管理はただ人や作業を管理しているだけで終わり、管理自体がプロジェクトの目的と化してしまうだろう。
仏作って魂入れずとはまさにこのこと。
プロジェクトマネージャには、プロジェクトの目的をメンバーに的確に伝え、メンバーを束ねる強力なリーダーシップがなければいけないだろう。

PS1 「固有のスキルやノウハウ」のくだりで、ビジネスの世界では何か1つでも強みがなければ生き残ることは難しいことを、とある方へ相談した際に指摘されたことを思い出した
PS2 SI以外の仕事では、プロジェクトの最終到達点が明確であっても最終成果(仕様)の内容が不明瞭なこともあり、プロジェクト管理が難しい点もある。これもやってみないとわからないことがいろいろあって、難しい
PS3 記事中に「日本人一般として職業の安定を志向する」とあるが、日本は老後に金がかかり、年金も今後は当てにならないだろうから、稼げるときに安定的に稼いでおかないと、退職後は「健康で文化的な最低限度の生活」すらままならないだろう。だから、職業安定志向は至極当然ではないだろうか

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ジョブスが祝辞で伝えたかったこと

・スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学卒業式での講演
http://heavyfeather.blog38.fc2.com/blog-entry-968.html

iPhone 3Gなど、話題に事欠かないアップル。
そのアップルのスティーヴ・ジョブスCEOが、2005年にスタンフォード大学の卒業式で祝辞をスピーチした(http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/grad-061505.html)時の音声と映像(日本語字幕入り)を、記事では紹介している。
(ちなみに、アップルの本社もスタンフォード大学もカリフォルニア州にある)
いせやん氏は「とても素晴らしいスピーチだと思う」と書いているが、私も同感。
なお、梅田望夫・著「ウェブ時代 5つの定理」でも紹介されている。

スピーチの映像
http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/videos/53_yt.html
http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/videos/51.html
http://jp.youtube.com/watch?v=UF8uR6Z6KLc
http://jp.youtube.com/watch?v=D1R-jKKp3NA
(字幕入り)
http://jimaku.in/w/D1R-jKKp3NA/nbZXF_WFQDq

その中で印象的な内容があったので、ここで紹介。

"Your time is limited, so don't waste it living someone else's life. Don't be trapped by dogma - which is living with the results of other people's thinking. Don't let the noise of other's opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary."
http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505
※私の意訳:
あなたの時間は限られています。だから、他人の人生を生きるような時間のむだづかいをしてはいけません。原理・原則に囚われてはいけません。それは、他人が考えた結果と共に生きていることだからです。他人の意見という雑音により、内なる心の声をかき消してはいけません。そしてもっとも大切なことは、想いと直感に従う勇気を持つことです。どうしたものか、そういったものはあなたが本当になりたいと望むものが何か、すでにわかっています。そのほかのことは二の次です。

上のジョブスのスピーチはまさに、「一日一日を大切に生きる」「人生は短い、だから自分の失敗から学べ」と合致し、また傲慢にならない程度に自分の信念を貫き、突き進むことにも通じる、素晴らしい言葉である。
周りの雑音を意に介すことなく、かつ流されないことと、周りの意見に耳を傾け、尊重することのバランスは、私も難しいと感じている。
それゆえ、このバランスをとり、そしてジョブスの演説にある内容を実践するためには、芯の強さと謙虚さを兼ね備えることが、初めの一歩ではないだろうか。

PS "Windows just copied the Mac"はちと言い過ぎでは:-)

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学生と経営者の討論でわかるICT業界の問題点

・「10年は泥のように働け」「無理です」――今年も学生と経営者が討論
http://www.atmarkit.co.jp/news/200805/28/ipa.html

「IT産業が国際的な飛躍をめざすために学生に期待すること」がテーマらしいが、現時点で日本のIT産業は積極的に世界へ打って出ている状況ではない。
日本の企業なんかには見切りをつけ、海外の有名企業へ就職すれば、というのは酷な期待であろうか。

「全体の完成、ゴールのイメージが沸かない」という疑問に対し、「若いうちは1つの仕事を与えられても、そこから全体が見えるようになるまでは時間がかかる。それでも、知る努力をしなければいけない」というのはもっともか。
「仕事をするときには時間軸を考えてほしい」との発言もあったが、それが自分の仕事のみならず、業界の姿などをより良く知ることにつながるのかもしれない。

また、討論で出た企業側の欲しい人材は「貪欲(どんよく)に学ぶ気持ちを持っていて、環境適応力が高い人」だという。
一方で、記事後半にある通り、学生時代学んで欲しいことに文書作成能力やコミュニケーション能力があがっているが、これらはできて当たり前という。
それだけに、企業の欲しい人材に「コミュニケーション能力が高い」などが含まれなかったのかもしれない。

他にも、英語の勉強の重要性も。
このことは繰り返し説明しなくても十分だろう。
ただ、学生からは「日本企業にも海外との接点を作ってくれないと意味がない。企業は海外の人を招致しているのか」との声も。
これには、役員が日本人ばかりの企業からはろくすっぽ反論できず。
本文によれば、田口氏は「日本の学生はぬるま湯につかっていて頼りないという話になっていますが、実は日本の企業もぬるま湯ということですね」とまとめたようだ。

記事本文ではほかにも、有賀氏?が
> 大きなシステムの構築などの仕事では、個々人の突出したスキルではなく、チームワークが重要だと主張した。
らしい。
チームワークが重要なことは論を待たないが、一方で烏合の衆が集まってチームワークで仕事を進めることにも限界はある。
上のテーマに限らず、結局は個人技もチームワークもどちらも重要である。
両方を高める努力をし、かつバランスを取ることが大切だろう。

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ICT技術者が尊敬されない理由と教育の問題点

日本のIT技術者が尊敬されなくなってきた――IPAイベントから
http://www.atmarkit.co.jp/news/200706/28/ipa.html

今から約1年前に開催された、IPAX2007での「IT人材の育成」をテーマとしたパネルディスカッションの模様より。

「IT技術者の仕事は、いまはクリエイティブではなくなってしまった――これがIT企業が学生に不人気な理由ではないだろうか」と上記記事にはある。
ただ、クリエイティヴなら人気が集まると考えるのはあまりに短絡的過ぎる。
職種によっては限界もあるだろうが、「クリエイティヴ」かどうかは個人の考え方次第で決まることもあるからだ。
記事では、(以下本文の要約)開発を受託する大手SIerは要件定義やシステム設計などの上流工程の業務中心で、コーディングは下請けが行うことを取り上げると共に、IT業界の「ゼネコン体質」にも触れている。
こういった体質がクリエティヴィティを奪っている可能性があることは、私も同意できる。
また、行き過ぎた「ゼネコン体質」は、ICT産業に蔓延する「奴隷売買」まがいの行為を許す、歪んだ業界構造の遠因ともいえる。
それを解消することは大切であることはわかっているが、今の自分には良薬が思いつかないのがもどかしい。

また、人材流動性が低い、キャリアの方向性が見えないということも取り上げている。
> 「優秀な人がいる大企業が流動性が乏しい」と繁野氏は指摘する
と本文にはあるが,それはある意味必然と私は考える。
大企業において人材流動性が低いのは、終身雇用・年功序列(ICT産業では必ずしも当てはまるとは限らない)の制度を維持していることが多いのが、理由の1つだろう。
大企業にいれば、終身雇用の末に定年退職すれば、数千万円の退職金や生活に困らないだけの企業年金を得られる。
一方、大企業から他の企業へ転職したときは、仮に給与水準が上がっても、給与には現れない福利厚生を失うことを考慮に入れる必要がある。
退職金なども含めた生涯収入を考えると、転職は必ずしも得策とは言い切れない。

ただ、上で書いたことはあくまでも枝葉に過ぎない。
本質は本文の言葉を借りると「技術が細分化し、その変化が速い」状況にあるといえる。
ゆえに、教育が追いつかない、あるいは会社で必要な技術のキャッチアップも追いつかない、なんて状況もある。
そのような状況であっても、同時に基礎的な技術も磨き続けなければ、ICT業界の中で生き残るのは難しい。
加えて、技術の変化が速いがゆえに、1年前に思い描いていたキャリアパスと今考えるキャリアパスの間が大きく乖離してしまう可能性も、否定はできない。
そういった技術細分化の流れに対応すべく、IPAではITスキル標準などを公開している。
スキル標準があることに越したことはないが、一方で私のblogの「手段と目的を履き違えないのは当たり前」(http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post-7144.htmlでも書いたとおり、スキル標準の枠に囚われすぎてもいけないことは、肝に銘じる必要がある。

記事の最後では、教育にお金をかけていないことを問題視しており、「日本の情報サービス企業の教育投資は売上高比で平均0.23%(情報サービス産業協会基本統計調査2006年度版、参考記事)」であることを示している。
これは少なくともインド(5%)より低いとのこと。
ろくに教育もされないのであれば、尊敬されるに値するだけの知識や経験を積むことも難しいだろう。
教育が促されないことは、長い目で見れば成長や進歩を滞らせる原因となる。
こうなっては手遅れである。

さらに、本文では繁野氏の「ジェネラリスト指向でプロ人材への評価が低い」「(ユーザー企業の IT部門は)本業とは異なる専門家集団で社内的な地位が低い」などの指摘を取り上げた。
加えて、生産性の悪い人ほど売り上げが上がることに触れ、優秀な人材の育成には産業構造を変える必要がある、との繁野氏の意見を取り上げている。
産業構造には「ゼネコン体質」も含まれるだろう。
そう考えると、歪んだ産業構造は人材育成までも歪め、また優秀な人材を育てられない、また呼び込めない、そして産業構造がまた歪む、……という「負のスパイラル」を作り出す原因の1つともいえる。
ただ、私は産業構造の変化も大切だと考える反面、大学のコンピュータサイエンス(情報工学、計算機科学、……)系の学部、さらにICTやコンピュータサイエンスの専門学校で実施される教育の内容を変えていく必要があるとも考えている。
そして、産業界の言いなりにならない程度に教育カリキュラムを編成できれば、よい人材が育つ土壌が豊かになり、長い目で見ると日本にプラスとなるだろう。

とはいえ、教育も含め、自分のキャリアは自分で責任を持つことは当然ともいえる。
何事も当たり前のことを当たり前にやる、それだけでもキャリアパスを含め、道は開けるはずだ。

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新卒採用に苦労するICT企業

IT企業、新卒採用苦戦の理由は「仕事のイメージが悪い」
http://www.atmarkit.co.jp/news/200801/29/ipa.html

上記記事によれば、ICT企業における新卒採用の課題のトップは「業界の仕事のイメージが良くない」である。
しかし、このようなイメージを作った原因は自分たちにある。
それを棚上げして「業界の仕事のイメージが良くない」と主張したところで、人が来るはずもない。

もっとも、ここ数年は景気動向もあり、年功序列に魅力を感じる学生は少なくないという。
それゆえ、一般的に給与体系が中小企業よりも高い(ICT部門がある)大手企業に関しては、採用の苦戦などとは関係ないのだろうけれど。

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GoogleがMSのY!買収に物申す

・MicrosoftのYahoo!の買収に関するGoogleの公式見解に関して一言(http://satoshi.blogs.com/life/2008/02/microsoftyahoog.html)より。

Googleが公式blogの"Yahoo! and the future of the Internet" (http://googleblog.blogspot.com/2008/02/yahoo-and-future-of-internet.html)で意見を述べたとのこと。
Googleの主張としては次の通りだろう(原文を引用)。
-Microsoft's hostile bid for Yahoo! raises troubling questions.
-It's about preserving the underlying principles of the Internet: openness and innovation.
-We take Internet openness, choice and innovation seriously. They are the core of our culture.

かつてMSに在籍し、今回のYahoo!買収も成功すると見ている(参考: Microsoft/Yahoo:買収はたぶん成功するだろうけど、問題はそれからだ)中島氏は、blogで「GoogleはこれをMicrosoftに対するネガティブ・キャンペーンの絶好の機会と捉えた」と分析し、買収阻止に成功すればGoogleにはプラスとなり、失敗してもYahoo!からの人材引き抜きが楽になると見る。
一方で、今回のGoogle公式blogの記事は「逆にGoogleに対するイメージにマイナスにならないか心配だ」とも書いている。

個人的には、MicrosoftがYahoo!を買収することにより、インターネットのオープン性やイノベーション(革新性)が大きく薄れるとは思えない。
一方で、今回の買収提案を静観すると私は思っていたGoogleは、わざわざ公式blogで意見を表明した。
それも、「インターネットのオープン性やイノベーション」という言葉を持ち出して、だ。
これは、GoogleにとってMSのYahoo!買収がある程度の脅威となることを認めたに等しい。
事実、MicrosoftのYahoo!買収以後、Googleの株価は低下している。

もっとも、Googleはオープンソースへの理解はあり、Androidなどのオープンソースプロジェクトは数多く、またオープンソースで有名な方も入社されているが、さすがに検索エンジンなどの自社のコア技術については公開していない。
一方で、オープンソースへの理解が足りないといわれるMicrosoftは、ここ数年ほんの少しではあるがオープンソースコミュニティへ歩み寄ろうとしているのだ。
例えば、Office 2007で採用した文書保存形式のOpen XMLフォーマットの公開と標準化はオープンソース界から批判されたが(http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20346621,00.htm)、プロプライエタリな(制限された)規格にこだわっていた従来ではなかった動きといえる。
これらの点も考えると、MicrosoftはYahoo!買収後もオープンソース界の動きを意識せざるを得ず、それは間接的にインターネットのオープン性を保つことへとつながるだろう。

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ICT業界の事実を直視し自ら動け

本当は楽しいIT業界――“重鎮”を超えて
http://www.atmarkit.co.jp/news/200712/26/it.html

IT業界に限らず、国際競争力がない、あるいは失いつつある分野が多くなってきた日本。
私も「参加者が明かすIPAフォーラムの裏話」(http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/ipa_1ce1.html)で取り上げた、
「IT業界不人気の理由は? 現役学生が語るそのネガティブイメージ」(http://www.atmarkit.co.jp/news/200710/31/ipa.html)の内容を踏まえつつ、3K(きつい、帰れない、給料安い)やデスマーチ(長時間労働など極端に仕事の負荷が高い状態、もしくはそのようなプロジェクトを指し、特にICT産業で起こる)がある事実から目を背けてIT業界の明るい面だけをアピールしても人を引き付けることはできない、と筆者は主張している。
現実を直視すればICT業界に希望は感じられないというのが、私の印象だ。
ただし、楽しいかどうかは気の持ちようもあるし、自分自身の行動でも変えられることを付け加えておく。

記事では、飯尾淳・吉岡弘隆両氏へのインタビューも交えている。
飯尾氏は、SIer(システムインテグレータ)が建築土木業界をお手本にするのは「無理がある」と主張する。また、「競争相手がワールドワイドになっている。IT業界は建築土木業界よりも競争条件が過酷。その中で誰でもできる作業を日本人技術者が行う必要がない」とも述べている。
さらに、「日本語で情報処理が当たり前になってしまって、そこに縛られてしまった」とも主張する。
日本のソフトウェア業界の国際競争力のなさは日本語(という言葉の壁)にあることをほのめかしているようだ。

一方、吉岡氏の主張はこうだ。
以下、引用。
--------
実際に業界内で働いているIT技術者は私以上に閉塞感を感じているだろう。(中略)この記事の執筆に当たって飯尾氏を含めて何人かの人物に話を聞いた。彼らが共通して訴えたのは「外へ出ろ」ということだった。つまり、オールドスタイルの経営に執心する企業は見限ってしまえということだ。(中略)
IT業界の3K問題についての私の質問に対して「周りが悪い、世間が悪いといっても意味がない。自分がどうサバイブするしかない。エンジニアはもっとしたたかになれよといいたい」と畳み掛けた。オールドスタイルな経営を続けるIT企業には「就職しなければいい。若い人は。それだけの話」
--------
私も、今の状況にとてつもなく大きな閉塞感を感じている。
しかし、何度も書いたように、自分で動かなくては何も変わらない。
本文の言葉を借りれば、「他力本願では自分を変えられない」。

話は変わり、「オールドスタイルな経営を続けるIT企業」かどうかは、入ってみないとわからないこともあるので、判断が難しい。
入ってもすぐにやめるなどすればいいのかもしれないが。
もっとも、石の上にも3年という言葉もあるので、さっさとやめることが本当によいかどうかは状況によりけりだろうけど。

飯尾氏が記事の後半で述べた言葉で、記事を結ぶ。
「まずは自分が取り替え可能な人間かどうかを考えるのが非常に重要。取り替え可能なうちは幸せになれない。取り替え不可能な人間になってほしい」

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応病与薬は難しい

情報システムの柔軟性実現は“応病与薬”のアプローチで
http://www.mizuho-ir.co.jp/column/sys080122.html

ここで紹介しているのは、オブジェクト指向やSaaSなど、あくまでも「手段」。
私も日記で繰り返し書いているが、手段と目的を履き違えてはいけない。
しかし、目的を達成するためには、適切な手段を学び、選ばなくてはいけない。
そのことこそが、上記記事で筆者がわざわざタイトルに書いた「応病投薬」である。
こうやって書くだけなら簡単だが、実行に移すのは難しい。

もっとも上の文章では、SaaSなどの技術(手段)の解説が中心になっていること、
> 一方、SOAやオブジェクト指向では、情報システムの構築や機能追加に伴い、一般的には利用者数に関わらず初期費用が発生してしまう。
のように、落ち着いて行間を読めば「??」と感じる箇所はある。
それでも、何かしらの参考になるかも。

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世界を目指せない日本のIT産業

1月5日、日経に「IT産業は世界を目指せ」というタイトルの社説が載っていた。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20080105AS1K0500105012008.html
※1月23日の時点では日経のサイトには掲載されていない。
代わりに、無断で全文を引用、じゃなくて参考になりそうなblogの記事を見つけたので紹介。
参考: NGN(次世代ネットワーク)におけるITガラパゴス日本の苦悩
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20080108/1199779738

DVDの規格そのものも含め、DVDプレーヤ・レコーダなど、あるいは自動車では日本が世界を先導していることもある。
ただ、現状ではIT全般では「内向き」という言葉が出てきても仕方ないだろう。
それには、他の方の言葉を引用すれば、日本の商習慣、人材育成にお金をかけていない、などいろいろある。
日本国内の会社としても、国内への対応をするのが精一杯なのかもしれないし、世界に目を向ける余裕もないのかもしれない。
加えて、世界のよい点は真似して自分のものにするべきだが、欧米を追い越そうと必死だった高度成長期をとっくに過ぎた今、いまだにまねばかりではオリジナリティがなくなるのもまた確か。

とはいえ、「NGNにおける~」で触れていたように、日本(のIT産業)がガラパゴス諸島というのは大げさなたとえだろう。

I(C)T産業に限らず、様々な分野で日本が世界を引っ張れれば、日本人としてはうれしい。
上で書いたように、自動車などものづくりでは世界を先導している場面もある。
しかし、日本(人)にとってよいものが他の国の人たちによいとは必ずしも限らない。
時には国益が対立することもある。
ただ、日本の意見を通すべきところと海外の意見を受け入れるところで、うまくバランスが取ることは必要かも(結局ありきたりの結論だが)。
個人的には、I(C)T産業はもちろん、環境問題(CO2排出削減技術、削減スキーム、国民の環境問題への意識と取り組み、などなど)、再生医療(iPS細胞の実用化など)でも日本が世界をリードして欲しいと思うのだけれども。

PS
上の「NGN(次世代ネットワーク)におけるITガラパゴス日本の苦悩」では、「日本のソフトウエア生産性と品質は世界最高水準~なぜ日本のソフトは国際競争力がないのか。」の箇所で、日本のソフトウェアの国際競争力についても触れられている。
上記記事では、「日本独自の商習慣」が原因では、とまとめている。
これに関しては、以下の私の日記の後半も参照。
いいのか?サラリーマンプログラマで (http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_9791.html)
なお、
ICT産業が嫌いな理由 (http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/ict_131c.html)
で引用した記事によれば、日本のソフトウェアの国際競争力が低いのは「日本語という言葉の壁」、人材育成に費用を惜しむ業界構造が原因だとしている。
この内容と「日本のソフトウエア生産性~」の内容は、重なる点もあれば、異なる点もある。

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総括・2007年のIT業界

2007年のIT業界を振り返る
http://blogs.itmedia.co.jp/ikizama/2007/12/2007it-0815.html?ref=rssall

こっちは国内中心。
とはいえ、企業合併などでもこれだけあったとは。

「ITアーキテクト」の市民権獲得やコンサルティングファームと大手システムインテグレータ(SIer)の業務領域がさらに近くなったことも挙げているけど、個人的にはこれらは2006年の時点ですでに始まっていたことだという印象。

2007年は「再編の年」――IT業界の1年を振り返る
http://www.computerworld.jp/news/trd/92609.html

こちらはもう少しグローバルに。
金額だけで見れば、大きな買収はいくつかあったようだ。

上の記事でも取り上げられていたiPhoneは、携帯電話のあり方を変えたようだ。
携帯電話といえば、Androidの登場も個人的には印象に残っている。
これは今後どうなるかなんともいえないけれど。
参考: Androidが登場する衝撃
http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/android_638f.html

OLPCはまだ道半ばといったところか。
Wikipediaによれば「開発途上国の子供たちに革新的な教育理論に基づく学習の手段を提供」するのが目的らしい。
要は「教育の機会均等」ということだ。
個人的には、いわゆる「ディジタルディヴァイド」の解消にも役立つと思うけど、それは本来の目的とは異なるとのこと。
ただ、OLPCの本来の目的よりも値段を安くすることばかり目がいってしまうのは私だけか?
もっとも、OLPCでは「安価なラップトップの開発は目的ではない」としているらしいので、個人的には一安心(安価なラップトップの実現はあくまでも手段なので)。

もっとも、ディジタルディヴァイドの解消が目的なら、「古いPCを途上国へ送り、ただで配れば」という意見も出てきそうだが、送料がバカにならない、電源の規格が様々ある(モバイルPC用のACアダプタなら世界各国の電源電圧に対応していることが多いが)など、問題がいろいろありそう。

最後に、企業がWindows Vistaへ移行するのはまだ先になりそう、とも。
Vistaは使っていくうちに使いやすさを感じるけど、ね……

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ダウンロード違法化と著作権法改正

「ダウンロード違法化」不可避に
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0712/18/news065.html

もし著作権法、特に第30条を改正するとなると、いろいろと問題があるようだ。
確かに、著作権者の権利を守ることは大切だし、そうすべきだ。
しかし、一部の人間による違法行為、それによる著作権の侵害を防ぐために、まっとうな一般人の権利が制限されるのも問題だろう。

ただ、ダウンロード違法化には異論が続出している。

「私的録音録画小委員会中間整理に対する意見」
http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20071115.html
では、「複製する行為を違法とするのではなく、複製した著作物を「再生」する行為を違法とするか、あるいは、当該著作物を「再生」する目的で複製する行為を違法とするべきである」という内容のパブリックコメントを出した、と書かれている。
さらに、
「「ダウンロード違法化」で漏洩情報のWinny流通を抑止できるか」
http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20071225.html
では、Winnyに漏洩した情報の流通を止められるか、「ダウンロード違法化」は公務員がWinny経由で情報漏えいすることを防ぐため、などいろいろ書かれている。

「レディオヘッドを聴けばわかる音楽業界・ダウンロード違法化論の不誠実」
http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMIT0g000028112007
では、筆者の津田大介氏が岸博幸氏の
「著作権法改正巡る2つの対立・「思いやり」欠如が招く相互不信」
http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMIT12000026112007
において名指しで批判されたことへの反論をしつつ、ダウンロード違法化論の問題点を取り上げている。
岸氏は、「プロとアマチュアのコンテンツは分けて考えるべき」で、作品からの収入が減るのを放置したらプロはどうなる、と問題提起している。
プロの生活を保障する意味でも、今回の案が「最善の策とは思わない」と書きつつ、「現行著作権法の抜本改正がすぐにはできないなか、深刻化した違法コピーとダウンロードへの対応として、権利保護の強化は止むを得ない面を持つのではないだろうか」
と主張しており、これはある程度納得できる。
ただ、津田氏の「著作権法は「プロクリエイターの生活を保障するための法律」ではない」ももっともだ。
本論とはややずれるが、プロとアマチュアのコンテンツは分けろ、は短絡的な発想にも思う。
プロを志すアマチュアまで区別されるのはどうかと思うからだ。

権利保護の強化は必要だと思うが、それの手段としてダウンロード違法化を用いるのはやりすぎだろう。
それでも最初私は「こうなるのも仕方ないかも」と思っていたが、やっぱりまずい。
こういった問題に対処するために何度も著作権法が改正されているが、ある意味場当たり的な対応しか出来ていないのかもしれない。
法律が時代の変化に追いついていないのだろう。
それゆえ、著作権法(の第30条)に「ダウンロード違法化」に関する条文を追加・修正しても、問題の抜本的な解決にはならないだろう。

いずれは著作権法を大きく変えるべきときが来るのだろうが、当分先だろう。
その際、個人的には情報工学などに強い法律家の見識・意見を積極的に取り入れて欲しいな、とは思う。
私はいまのところ法律に疎いので、こういうことしか書けないのがもどかしい。

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ICT産業が嫌いな理由

多重下請け、人材派遣構造が阻む業界のイノベーション・日本のIT産業の課題(2)
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMITac000017122007

ICT産業にはびこる多重下請け構造。
これだから、私はICT産業が嫌いなのだ。
一歩間違うと人身・奴隷売買になるようなことをしている業界の構造にはほとほと嫌気が差し、虫唾が走る。
それゆえ、仕事の方法も革新的にはならず、旧態依然としている。
死語となりつつあるWeb2.0を牽引するGoogle、あるいはAppleなどの仕事の方法、オフィスの文化がすべてすばらしいとは限らないが、よい点は取り入れて少しずつ「カイゼン」させることも必要だと私は考えている。
※トヨタ式の方法がすべていいというわけでもないので、誤解なきよう
とにかく、現状の業界構造では明るい未来はない。
正直な話、こんな負のスパイラルに身を置くくらいなら、早く抜け出したいくらいだ。
ただ、文句ばかり言ってもしょうがないので、すぐには無理でもいずれは手を打つつもりだが。

「ITのプロではなく、人の管理が仕事」の段落では、興味深いことが書いてある。
> 本来、プロフェッショナルの仕事は安易に外注されないものだ。
> 委託側の大手企業では30代前半ともなるとプロジェクト管理を任されることが多い。下請けの年長技術者を抱えて人の管理のプロになることを強いられる。
> 新しい技術の研修を受けても実践で試すことなく耳学問で終わってしまうケースもある。優秀なプロジェクトマネジャーほど次から次へと、様々な種類のプロジェクトを割り当てられる。得意分野や興味のある分野に集中して取り組むことができず、プログラムのコードを実際に書くことは下請けに任せきり。革新的なシステム設計ができるような「ITアーキテクト」の人材が育たない理由の一つはここにある。

最初の文は納得。
プロフェッショナルの仕事というのは、一番うまみがあるからだろう。
うまみのあるところを他の人に譲りたいと思う人は、そう多くはないだろう。

2番目の文にある「人の管理のプロ」は、必要な場面もあるだろう。
ただ、そのような人の存在が間接的に「一歩間違うと人身・奴隷売買になるようなこと」への実行につながる点は、きちんと考えるべきかもしれない。
もっとも、人の管理も含めたプロジェクト管理を否定するものではない。
私も日記で何度か主張しているように、プロジェクト管理は仕事、もっと書くとお客さんを満足させたり困っている人たちを助けることを達成するための手段であり、仕事の目的ではないことには注意すべきだろう。

3番目の文にある「優秀なプロジェクトマネジャーほど~」は、よい面もあるだろう。
幅広く様々な分野の仕事を経験できるからだ。
ただ、それでは器用貧乏になってしまうこともあるので、「得意分野や興味のある分野に集中して取り組む」ことも確かに大切だと、私は考える。

上の記事の後半では、日本のビジネス向けパッケージソフトが海外勢に席巻されていることを取り上げている。
日本のICT産業が何故海外で通用しないのか、その理由を考えるひとつの手がかりになりそうだ。

このことに関連し、以下の記事を紹介。

あらためて衝撃――日本のソフト産業を統計分析する
http://www.atmarkit.co.jp/news/analysis/200705/21/software.html

> (前略)2004年の日本のソフトウェア輸出額(PCゲーム除く)は320億円。対して輸入は3646億円。うち、米国からの輸入は3292億円と90%を占める。懸念される中国からの輸入は171億とそれほどでもない。日本語という言葉の壁はカスタムソフトの海外開発の進展に一定のブレーキをかけているのだ。そして、国内IT市場の規模は情報サービスだけで6兆円を上回る規模だ。
> この国内市場規模を見ると、国際競争力はないが盤石な国内市場を持つ安定した産業に見える。何か問題でも? の声もありそうだ。いや、これが問題大ありで、日本の情報サービス産業は基礎体力、付加価値がないのだ。

国内のICT企業は、(テレビゲームなどを除き)外国へのソフトウェア販売が少ないな、グローバルなビジネスを進めておらず、国際協力は低そうだな、というのは感じていた。
これを裏付けるような結果が、統計として現れているのかもしれない。

これは、言葉の壁も1つの要因ではあるが、それだけでなく業界の構造にも起因しているであろう。
それは、次の文からもわかる。
> 情報サービス産業は、人材の育成、そして企業体としての開発効率向上に対してほとんど投資がなされていない。
記事の最初でも書いたように言い方は悪いが、人さえいれば何とかなるという考えのもと、人を人として扱っていない、まるで奴隷売買・人身売買まがいのことをしている会社が多いのかもしれない。

また、ここ10年以上はリストラの名の下、長期的ビジョンが欠如した、もしくは誤った状態で、金のなる木だけを残してほかは切り捨てるという会社が数多くあったようだ。
一方で、いかに人件費を下げ、利益の確保だけに奔走するような会社が増えたような気がする。
その過程で、会社は社員の能力向上をおろそかにしたのかも知れない。
結果として、そのツケは会社に回ってくるのだろう。

見出しは「あらためて衝撃」とあるが、こうなったことは衝撃でもなんでもなく、自明の理だったのかもしれない。
そして、その現実から目を背けていただけだろう。
ICT産業の負った傷はあまりにも深い。

ICT業界で多重下請け構造が横行し、人が大事にされない理由を考えるには、以下の記事も参考になる。

・空前の人材不足でもエンジニアが大事にされないのはなぜか
http://www.atmarkit.co.jp/news/200711/27/symantec.html
この記事によれば、ITエンジニアは世界的に不足しているらしく、日本は特に顕著とのこと。
記事ではその理由を、「日本の情報システムが人に依存しているから」と推測している。
また、「欧米は人材不足をツールで補おうとするが、日本は新技術に消極的」なうえ、(企業は)「人に依存している反面、多くの日本企業は人への教育投資を渋ってきた」という。
それゆえ、ICT産業では人さえいればいいという考えが蔓延し、人が大切にされない文化が生まれているのかもしれない。

ちなみに、
・OJTを受けられないITエンジニアは、どうすればいい?
http://www.atmarkit.co.jp/news/200602/07/flm.html
の記事によれば、
> 企業が求めるのは技術と実践力、ヒューマンスキルを兼ね備え、それを基に行動力を発揮できるITエンジニア
なんだそうだ。
上記は技術を除けば、ITエンジニアに限らずすべての社会人で求められるスキルだろう。

「レベル低い」「エセ独立系」「自己矛盾」――ジャステック神山社長にITベンダーの現状を聞く
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMITzx000020122007

神山社長の主張がすべて正しいとはとても思えず、また言いたいことは山ほどある。
ただ、以下の点については同意できる点がある
(以下、上記記事より引用)。

----引用開始----

――「人月」という技術者を拘束する期間で見積もりをする方法が業界では一般的ですが、それがいけないのでしょうか。

 人月という計算の仕方がまったくだめだと言っているわけではない。

 顧客から受注をしたときに「○人月かかります」というような見積もりを先に作るところに問題がある。開発の人数や手間がどのくらいかかるのかは顧客にはまったく関係がない。顧客がほしいのはシステムそのものだ。だから、まずこんなシステムを作りますと言うべきだろう。そして、その制作費用はいくらですと説明する。そのいくらというところの計算の根拠に人月を使うのはわかる。

----引用終了----

別の表現で書けば、顧客が求めるものは「成果」である、ということだ。
この点は納得は出来る。
ここで私が「成果」としたのは、「(IT)システム」にすれば対象が限られてしまうからだ。
ただ、実際には「期限・納期」があるのだが。

また、人数はともかく、ネームバリューなどを顧客が求める場合もあるだろう。
どこの会社が担当するのか、その会社のどの部署の誰が担当するのかというのも、仕事をお願いする上で重要かもしれない。

ここで、プロジェクト管理への理解が深まりそうな、以下の記事を紹介。

プロジェクト現場の幼稚園化
http://blogs.itmedia.co.jp/hiranabe/2007/12/post_09c7.html?ref=rssall

ここでは、プロジェクト現場をいい意味で「幼稚園」と書いている。
人間や仕事のレベルが幼稚園級、「学級崩壊」などと近いニュアンスで使われているわけではない。
ソフトウェアの開発でも、幼稚園の学芸会のように、新しく得たものなどを見せ「気付き」を得る場面があってもいいのでは、が要旨。
確かに、こういうことはあったほうがいいかも。
本文の通り、知識共有やそれを喜ぶ場はあるほうがいい。

また、ソフトウェア開発に嫌気がさしているときに、
> ソフトウェア開発は、「ナレッジ創造(Knowledge Creation)」活動なのだ。
の文を読むと、ほんの少し勇気付けられる。
そして、
> ソフトウェア開発は、知識創造、すなわち、「学習」と「フィードバック」の場である。
とあるが、「学習」と「フィードバック」の場はソフトウェア開発に限らず、多くの場面である。
そのことを肝に銘じたい。

ICT産業は、中身そのものよりも「人」を単位に仕事の成果や内容を決めるという印象がある。
それも、私がICT産業を嫌う理由の1つである。
さらに、「きつい」「帰れない」「給料が安い」の3Kなど、悪いうわさに事欠かない。
火のないところに煙は立たないことを考えると、これら3Kにも真実味が出てくる。
こういったことを目の前にして、ICT産業に未来を感じると書くことのほうが無理があるのだ。

これはICT産業に限らないが、少なくとも
・少しでも給与を上げる
・教育に力を入れる
だけで、状況は変わる。
私はそう考えている。
あとは、自分自身で変えるしかない。
人のせいにしても、何も変わらないし、何も生まれない。

そして、究極的には会社の看板ではなく、自分の名前そのものを価値にして仕事を得られるようにしなくてはいけない。

○関連記事
優れたナースが改善の阻害要因という皮肉
http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_3806_1.html

参加者が明かすIPAフォーラムの裏話
http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/ipa_1ce1.html

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参加者が明かすIPAフォーラムの裏話

「IT業界不人気の理由は? 現役学生が語るそのネガティブイメージ」
http://www.atmarkit.co.jp/news/200710/31/ipa.html
の記事に関して、反響がいろいろあるようだ。

最近になり、上の記事(@IT)で取り上げられていたIPAフォーラムの参加者の方が、blogでその模様を書いていることを知ったので、リンクをはっておく。
http://d.hatena.ne.jp/next49/20071030/p1
http://d.hatena.ne.jp/itoyosuke/20071101/1193932945

itoyosuke氏の記事について、面白い指摘があった。
> その流れで、「入社時にITのスキルを問わないというのは、Googleのような企業の方針とは反対であるが、それですばらしいサービスを作ることができるのか」という質問が出たのだけど、「Googleの開発と日本のカスタムメイドなシステムを作るSIerの開発は違うもの。Googleはスモールチームで仕上げるが、日本は製造業的にラインを組んで仕上げるため、いろんな人材が必要になる。」とのこと。単に効率の悪いシステム開発をしているということではないかと思ったのだが、どうなのでしょう。

「製造業的にラインを組んで仕上げる」というのは、たとえばウォーターフローモデルのようなものを指しているのだろう。
この方法は、製造業的な品質管理が出来る(?)良い面もあるのだろうけど、私には悪い面のほうが目立ってしまう。
上(上流の人間、またその人間が書く仕様書など)がダメなら下もだめになる可能性が高いなどだ。

また、「いろんな人材が必要になる」とあるが、これが安易にスペシャリストを寄せ集めることを指しているのなら、どうしようもない発言だろう。
スペシャリストだけでなくゼネラリストも必要であろうし、できれば複数の強みを臨機応変に発揮できる「ポリバレント」な人材が(便利屋、ユーティリティプレイヤーとは区別する)、あるいはそういった人材を育成することが必要になるだろう。
スペシャリストを集めるにしても、シナジー(相互作用、interactionとはちょっと違う)やケミストリー(化学反応)が集団の中に生まれるようでなければ、ただの寄せ集めだ。
そのことは、スポーツで能力の優れた選手を集めた(特に金に任せて)からといって勝てるわけでもなく、さらにその例は枚挙に暇がないことからも、明らかといえる。

http://www.atmarkit.co.jp/news/200710/31/ipa.html
の記事によれば、「きつい、帰れない、給料が安いの3K」に加えて、「規則が厳しい、休暇がとれない、化粧がのらない、結婚できない」の“7K”というイメージに対し、浜口友一・NTTデータ取締役相談役はこう答えたという。
「必ずしも全員が3Kではない」
岡本晋・TIS社長も「3Kの“帰れない”は、帰りたくない人が帰れないだけ。スケジュール管理の問題だ。私は40年間近くIT業界で仕事しているが、何が一番幸せかというと退屈している暇がないことだ。技術が進歩するにつれわれわれの仕事も複雑化してくるが、一生懸命追いかけていくだけでも退屈しない。いい仕事を選んだと思う」と答えたという。
「3Kの“帰れない”は、帰りたくない人が帰れないだけ。スケジュール管理の問題だ」に関して、議論のすり替え、論点ずらしという人もいるようだ。
「スケジュール管理の問題」に関しては間違ってはいないのだろうが、これは他の方の言葉を借りてまとめれば「むちゃくちゃなスケジュールを強いる会社や上司に問題があるのでは」との指摘がないことが前提である。
「私は40年間近くIT業界で仕事しているが、……」は、完全に議論のすり替えだろう。
内容自体はまあ普通だが。

最後に、中島聡氏が書いた、IPAフォーラムに触れた記事を紹介しておく。
優秀なエンジニアは「入社時のスキルを問わない会社」には就職してはいけない
http://satoshi.blogs.com/life/2007/11/post-2.html

以下は上の記事からの引用。
> ちゃんと大学でコンピューター・サイエンスを学んだ学生は決して「入社時のスキルを問わない」ような企業には行くようなもったいないことをしては行けない。「入社時のスキルを問わない企業」が「技術力ではなく安い人件費と体力で勝負している会社(=7K企業)」「社員教育を顧客の金を使ってする会社」である可能性はものすごく高いのだから。

こういう会社に限って、違法行為すれすれのことをやっていたりするのだから、たちが悪い。
「天網恢恢疎にして漏らさず」という言葉通り、いずれしっぺ返しを食らうのだろうけど。
ただ、ちゃんと「まともな」大学で「ちゃんとした」コンピューター・サイエンスを学んだ学生であれば、自然と「入社時のスキルを問わない」ような企業になんか行かず、世間がうらやむような会社、高い実力を持つ会社にいけるのだろうけど。

> 「優秀なプログラマーしか採用しない」企業に入って自分より優秀な人に囲まれて自分を磨くべき。

これはその通りだと思う。
私のblog「高い環境で簡単なことを確実に」
http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_3fb3.html
とも、通じる点はある。

プログラマーに限らず、優秀な人間が集まる会社に入れるかどうかは、まず自分の力量が高くなければいけないと私は考えている。
「類は友を呼ぶ」という言葉が示すとおりで、人は似たような力量の人間を求める傾向があるのかもしれない。
また、自分に実力がなければ、優秀な人間には相手にされないものだ。
もし、今の会社に優秀な人間がいっぱいいると感じたら、そのことには感謝すべきだろう。
逆に、そうでなく優秀ではない人間がいっぱいいると感じたら、それは自分に実力がないからだと考えるべきではないだろうか。
もっとも、自分の実力のなさゆえに、優秀な人間を優秀だと感じられないこともあるのだろうけど。
本当に自分が優秀であれば、いずれそういった悪い環境から抜け出せるはずだ、と私は信じている。
このことは理想論で、現実は違うのだろう。
ただ、理想と現実のギャップを埋める努力はしなければならない、と私は考える。
不平不満を言っていても、何も始まらないからだ。

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手段と目的を履き違えないのは当たり前

企業の長期戦略を支えるIT系人材育成のポイント
http://premium.nikkeibp.co.jp/itm/spe/21/

「スキル標準を目的化してはいけない」で、「佐々木教授は、スキル標準の導入や整備はあくまで手段であり、IT業界の魅力度と国際競争力を高めるという、本来の目的を取り違えてはいけないと警告する」と書いている。
ただ、手段と目的を履き違えないという当たり前のことをことさら強調されても、コメントのしようがない。
逆に考えると、手段と目的を取り違えている人があまりにも多いから、こういうことを警告しなければいけないのかもしれないが。
あと、これも本文に似たようなことが書いてあるが、スキル標準という枠にとらわれてもいけないだろう。
全体としてはまあまあ参考にはなる。

ただ、普通の会社員から抜け出すには、上で書かれていることのさらに上を目指し、時には自律的に行動しなければ、おそらく無理だろう。
スキル標準に従って決められたレールの上を走っていれば安泰などと、甘い考えは捨てたほうがいい。
なぜなら、そんな考えが通用すれば何の苦労もないのだから。

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いいのか?サラリーマンプログラマで

・「渡された仕様書を実装するサラリーマンプログラマ」の悲哀
http://satoshi.blogs.com/life/2007/10/post-4.html

○記事本文中の気になる文章(原則原文ママ)
・本来のソフトウェア作りとは、絵を描いたり、音楽を作ったり、建物をデザインするのと同じ「創作活動」である。ドラッカーが警告(註: 知識労働者の生産性の向上がこれからの鍵であり、その答えは肉体労働者の生産性の向上とは大きく違う方法を採るべき、とコメントで補足されている)したとおり、そこに第二次産業におけるマスプロダクションの手法を取り込んで「ソフトウェア工場」を作ろうとすること事態に無理があるのだ。
・プログラマとして生きて行くつもりなら、「渡された仕様書を実装するだけのサラリーマンプログラマ」よりは遥か上を目指すべき。そうでないなら、他の仕事を探した方が良い。自分のキャリアパスを見つけ出す責任を持つのは、会社でも上司でもなく、自分自身なのだから。

1番目は、ソフトウェア全般の技術を極め、アーキテクト(architect: 建築家、創造者)の意味どおりソフトウェアを建築家のように創造する人間のことを「ITアーキテクト」と呼ぶことからも、ある程度私は納得出来た。
知識労働者の生産性の向上というのは、たとえば(プロジェクト)マネジメントなどがあるだろう。
ただ、マネジメントは目標達成の手段であり、顧客にとっての(あるいは研究・開発の)目的ではない、と私は考えている(マネジメント自体の研究であれば話は別)。

2番目の文に関しては、ある意味自分もサラリーマンプログラマなので、この現状をどうにかしなければならない、という危機感がある。
サラリーマンプログラマの殻を破れるかどうかは、自分次第。

○上記記事コメント中の気になる文章(原則原文ママ)
(あえて私の感想はつけません)
・知識労働者を肉体労働者のように扱っては生産性も上がらなければ国際競争力もつけることはできない
http://enterprise.watch.impress.co.jp/cda/topic/2007/10/01/11267.html
最新の調査では日本のIT産業の国際競争力は世界第2位だそうです。
仮に競争力が無いとしても、原因は「保護育成」ではなく、
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20070323/1174629051
このエントリーで書かれているようなこと(註: 日本独自の商習慣(仕様))にあると私は思います。
・(前略)電電公社時代から(中略)始まって、最近の携帯電話機事業まで、日本では色々な「保護育成」をしてきています。ソフトウェアに関しても、(中略)資本主義とは思えないようなことがされて来たことは否定できないと思います。そういう制作は、短期的には効果的だったんですが、結果的にはメーカーから国際競争力を奪うことになってしまいました。
 特にソフトウェア産業に関して言えば、ここ20年ぐらいの間の米国でのプログラマの地位(中略)の向上は著しいものがあります。それに比べて日本でのプログラマの地位は低すぎます。私から見れば、それの根本的原因は日本独特のゼネコン型ソフトウェア開発で、それが(中略)劣悪な労働環境を作り出しています。
・言われたことを実装するだけの人でもメンテナンス性の良いコードを生産する人はいるし、フリーの人間や芸術家気取りの中でもスパゲッティ(註: スパゲッティのように複雑に絡み合うコード)を生産する人間はいる。言われたとおりにコーディングする職業を不当に貶めていないか。
・MicrosoftやGoogleでは(中略)、「設計する人が自らコードを書く」のが基本です。(中略)どんなに賢い人でも実際にコードに落とす段階にならないと見えないことがたくさんあり、そこで柔軟に設計変更ができない限りは良いものは作れません。
 ウォーターフォール型の開発の一番の欠点は、この「いざ実装してみないと見えてこない設計の問題点」が、妙な上下関係があるためにキチンとフィードバックされないこと。(中略)下請けとしては、「こうした方がコードがシンプルになり、工数がすくなくなる」とは口が裂けても言えない。逆に上流にいて実装にタッチしない人は、いかに自分の書いた仕様書がどうしようもないか、ということにいつまでたっても気がつかない。結果的に全体の効率が落ちて莫大な開発費がかかってしまいます。

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GoogleがYouTube買収

ネタだと思っていたけど、本当に買収するとはね……
と書いたのも、買収したのが様々なところで話題となっているYouTubeだけに、個人的にはインパクトが大きかったからだ。

個人的に気になるのは、GoogleにはGoogle Videoという、YouTubeと同様の動画共有サービスがあることだ。
これらは競合しないのか。

http://investor.google.com/whatsnew.htmlによれば、


Google to Acquire YouTube
October 9, 2006

This afternoon, we announced that we are acquiring YouTube for $1.65 billion in stock. YouTube will operate independently following the close of the transaction, which is expected in the fourth quarter of this year.

Google and YouTube share the vision of enabling anyone to upload, watch and share original videos worldwide, and the dedication to innovate with video to offer compelling services for our users and for content owners. By working together, we believe that YouTube and Google will be able to offer a better, more comprehensive experience for our users and new opportunities for content owners and advertisers.


とある。
さらに、詳細なプレスリリース(http://www.google.com/press/pressrel/google_youtube.html / http://investor.google.com/releases/20061009.html)も出ている。

これらをざっと読んだ限りでは、GoogleとYouTubeはオリジナルビデオの共有などでビジョンを共有している、GoogleのYoutube買収は最も早く大きく成長するビデオコミュニティ(YouTube)とGoogleのインターネットでの情報組織化と新たな広告モデル構築の経験を結びつける、などは書かれているが、これだけ読んでも買収の意図や真意が俺はまだつかみきれなかった。

Internet Watchの「GoogleがYouTubeを16億5,000万ドルで買収」の記事では、もう少し詳細が述べられている。
この記事によれば、GoogleがYouTubeの改良点を見つけたことや、Google VideoはYouTube買収後も存続することなどがわかる。
冒頭で書いたGoogle VideoとYouTubeの競合だが、両方とも存続するということはある程度の競合は避けられそうにないが、一方で共存を図るようにも見える。

また、http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20061009では、「Googleの傘下に入ることは、YouTube創業者にとって、NASDAQ上場よりうんといい話だったのだ」や「「こんなものゼロから作れば俺たちの方がいいものが作れる」という「天才的技術者の発想」より遥かに上位のところで、Googleがきちんと「正しい経営判断」を下す会社になった」と書き、Googleを評価している。

以前からGoogleは、自前で何でもソフトウェアを作って公開するというわけでなく、Picasaをはじめ多くの企業を買収して得た技術を利用することもあった。
このことは、自分たちで何でも作る前に、すでに良いものがあればそれを利用・改良し、車輪の再発明はなるべくしない、とも個人的には受け取れる。
(参考1: http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0407/14/news016.html

上で「買収の意図や真意が俺はまだつかみきれなかった」と書いたが、今回の買収も今までの企業買収の延長線上にあると考えれば、ある意味自然な流れではあり、意図の1つも見えてきそうな気がする。
(参考2: Googleの買収企業 - http://www.seobythesea.com/?p=64

さらにこんな記事も。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0610/11/news068.html


「Google VideoがしようとしていることとYouTubeがしようとしていることは重なる部分がある。両者とも技術的なことや法律的な部分などを研究し、チャレンジしている。同じこと、新しいことをしようとしている人たちが両方の会社にいる。方向がいっしょならば、いっしょにやればいいじゃないということになった」(グーグル広報)

GoogleとYouTubeのビジョンが共通しているという、Googleのプレスリリースの言葉をある程度踏襲した説明ではあるが、とにかく「似た者どおし一緒にやろう」ということだろう。
あとは共同作業でサービスや技術が進化することに期待。

YouTubeは他の動画共有サイトの追随を許さないようにも感じるが、最近は不正コンテンツチェック機能のあるClipLifeなど、さまざまな動画共有サイトが登場している(参考http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20194207,00.htm)。
このように、YouTubeは次々と登場するそのほかの動画共有サイトよりに対し優位性を保てるのか、またGoogleはYouTubeを使ってどんな新しい手を打つのか(技術的な面だけでなく、ビジネスなども含め)、個人的に興味は尽きない。
一方で、著作権侵害、公序良俗に反しそうな動画など、不正コンテンツ(ひとくくりにしてしまったが)の問題は、YouTubeをはじめ様々な動画共有サイトにとって頭が痛い問題だろう。
この問題の対処には、YouTubeのように連絡を受けてアップロード後に削除して対処するのが良いのか、あるいはClipLifeのように機械的とはいえ事前検閲に近いような形でチェックするのが良いのか(ClipLifeの技術面は個人的に興味がある)、前述した2つとは別の方法を考えるべきか、表現の自由と公共の福祉も絡んで難しい。
GoogleとYouTubeは、不正コンテンツ問題に1つの答えを出せるのだろうか。

GoogleとYouTubeの今後を見守りたい。

おまけ: A Message From Chad and Steve
http://www.youtube.com/watch?v=QCVxQ_3Ejkg

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エンジニアの能力とソフトウェアの作り方

2つの記事を紹介するけど、いずれも記事だけでなく、コメントにも注目。

1. ソフトウェアの仕様書は料理のレシピに似ている
http://satoshi.blogs.com/life/2006/03/post_8.html


優秀なエンジニアとそうでないエンジニアの生産性は(誇張抜きで)20対1ぐらいである。

というのは興味深い。
mixiだけでなく、googleやyahoo!などを志望する人たちは多分、「通常の3倍」なんて目じゃなく、20倍仕事が出来る人なのだろうか。
ただ、仕事ができるだけでもいけないのが現実だろうけど。
※おまけ: Googleに就職面接に行く前に知っておくべきこと
http://satoshi.blogs.com/life/2005/10/google.html
# 『Googleは、「プログラミングが大好きで、ウェブのイノベーションに関わりたてしかたなく、英語でコミュニケーションが出来て、ものすごく頭の良いエンジニア」を探しているのである』とあり、他の企業もそういう人材を欲しているようだ。引く手あまただが、そんな人材がたくさんいれば企業は人材確保や教育などで何の苦労もしないだろう
※おまけ2: グーグルの特異性と強さ
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20060924

ちなみに


しかし、私が一度働いたことのあるNTTの研究所では、ほどんど自らソフトウェアの開発をしたことの無い人達が詳細資料書を書き、それを外注に発注してプログラムを書かせる、というソフトウェアの作り方をしていた。学生時代からプロとしてソフトウェアを作っていた私は、新入社員にも関わらず「こんなやりかたじゃ良いソフトは作れません」と上司たちにくってかかったのだが、誰一人として理解してくれなかった。

とあるけど、NTTの研究所もそういうところばかりではないだろう(誇張して書いているのだろうけど。また、昔と今では実態も違うはず)。

2. SEはメニューのないレストランのウェイターか?
http://satoshi.blogs.com/life/2006/03/se.html
上の記事を受けて、ソフトウェアを作っていく中での問題点などに触れている。

ここでは、料理を作ったこともないウェイターがレシピを書くというたとえをしている。これをSEに置き換えれば、

SEの役目を、本来の「客が何を欲しがっているか、何を作れば喜んでもらえるかをソフトウェアエンジニアに伝える(要求仕様)」ところにとどめておけばよかったのに、ソフトウェアエンジニアの不足を補うために「どうやって作るか(詳細設計仕様)」という所まで踏み込ませてしまったのが間違いの始まりだったのではないだろうか。

ということなのだろう。
このあたりが核心か。

人手不足を補うために情報工学に無知な人をソフトウェアエンジニアに育てた場合、コンピュータサイエンスの知識やプログラミング経験が不足していそうなのは気になる(上っ面の知識なら何とかなるのだろうが、深い知識を習得したりプログラミングの経験を積むには長い時間がかかるはず)。
それは、
http://satoshi.blogs.com/life/2006/03/post_8.html
にあるような、


「どんなに優秀なエンジニアでも、決してプログラムを自分自身で書かずに良い詳細仕様を作ることは出来ない」という絶対的な法則があるのだ。私の知っている優秀なエンジニアは、皆それを知っており自ら実行している。



実際にプログラムを書き始めて初めて見えてくること、思いつくことが沢山あるので、それを元に柔軟に設計を変更しながらプログラムを書き進めるのである。作っているプログラムが予定通りに動き始めてやっと、設計も完成に近づくのである。

ができる文系のエンジニアはどれくらいいるのだろうか、ということにもつながるのだろう。

# 個人的には、コンピュータサイエンスの知識やプログラミング経験がどちらも豊富でなければ、上のようなことはできないと思う

経験や能力もないのに、余計な仕事をさせる(でしゃばることも含めるのだろうけど)のはよくないのかね。
もちろん、教育のためにいろいろな経験を積ませることはとても重要なのは、論を待たないが。
ただ、知識だけでは頭でっかちになるのかも。

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「Googleの強大化」は我々に何をもたらす? を読んで

ITProの「「Googleの強大化」は我々に何をもたらす?」という、シンポジウムの報告記事から。
「生ごみが産卵しています」はともかく(もっと誤変換を知りたい人は元ネタの「漢検 変“漢”ミスコンテスト」を参照)、記事にあった


ICTによる弊害として、漢字を読めても書けない「変換退行症候群」、よく知らないことでもインターネットで検索すれば分かった気になる「知ってるつもり症候群」、いかなる時もメールへの返信に追われる「24時間症候群」などを列挙。ICTを人間にとってよりよいものにしていくには、大きな視野で物事を考えていかなければならず、そこで重要になるのが「環境知能」だという。

のくだりが気になった。
「変換退行症候群」や「知ってるつもり症候群」は耳が痛い。

本題の「Googleの強大化」だが、記事を読む限りあまり議論されていない気もする。
また、記事では4人のパネリストのうち、東浩紀さんに関連した文章が一番長く、次に石黒浩さんで、残り2人は短くてよくわからない。
実際のシンポジウムでも東浩紀さんと石黒浩さんのプレゼンテーションの時間が長かったかどうかはわからないが、これじゃ批評のしようがない(もし、記事の扱いが記者さんの守備範囲や興味に左右された結果だとしたら、偏りがあって悪い記事だ)。
ただ、東さんの
「『Web進化論』は優れた本だが、あれを読んで、Googleの強大化に恐れを抱いた人は少なくないのではないか。この恐れは、まさに環境管理に対する恐れだ」(「「Googleの強大化」は我々に何をもたらす?」の記事より)という言葉を読んで、本当に『Web進化論』(タイトルが微妙に違うが、この本のことか? 私はまだ読んだことがないが)が優れた本かや、Googleの強大化が本当に環境管理の恐れかどうかが気になるが。
(追記: 「ウェブ進化論」は買いました)
# ウェブ進化論の著者、梅田望夫さんはここここを見る限り、情報科学の修士を持っているので、少なくとも技術面で極端に間違ったことは書いていないのだろうし、また大手コンサル会社勤務後独立した経験から、ビジネス面でも鋭い指摘を著書で展開することが期待できそう

Googleの強大化といっても、Googleに限らず道具は使う人次第なのだから、良い面と悪い面をきちんと把握していれば恐れるに足らず、だと思うけど。

Google、NTTといえば、国産でGoogleに対抗できる検索エンジンを作ろう、という記事が昔あった(たとえばこれ)。
ちなみに、NTTのgooはかつては自社の研究所で研究を進めた(確か)完全自前の検索エンジンを使っていたし(現在はGoogleと提携)、ほかにもNEC、富士通、東芝、日立なども研究を進め、実用化していた。
いまさら、という気がしないでもないが、うまくいくのかな……
もちろん、いろいろな企業のいい技術を上手に組み合わせ、よりよい検索エンジンを作ろう、というのであればいいことだと思うが。

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Mac Pro登場

Mac Proが登場。
PowerMac G5と同じデザインだが、CPUはデュアルXeon(IntelのCPU)。
MacBookが登場の一番下で書いた、
> 個人的にはXeonを採用する、と予想(というか願望?)しているけど……
が当たった。
またXserveもXeon搭載(10月から購入できるようだ)。
これで、全モデルCPUがPowerPCからIntel製に切り替わった(ただしPowerMac G5とG5搭載のXserveは、この記事を書いている時点でまだオンラインのApple Storeで買える)。
さすがに高価だが、スペックもそれなりによい。

デザインだが、MacBook ProがPowerBook G4とほとんど同じデザインだったので、上で書いたようにMac ProがPowerMac G5と同じデザインなのは予想がついた。
ただ、中を開けるとハードディスクの増設が簡単にできるよう工夫されるなど、CPUの変更に伴いいろいろと改良されているところもあるようだ。
見た目は同じだが、中はブラッシュアップされている。
MacBook Proが出たときと同じく、Mac Proでも新しいデザインを提案して欲しいという気持ちもあるが、アップルはPowerMac G5のデザインの完成度に自信があるようで(実際、PowerMac G5の初登場は3年前の2003年8月のはずなのに古臭さをあまり感じず、完成度が高いデザインと感じる)、他のモデル同様安易にデザインを変えることはしなかった。
デザインに筋が通っているといえる。

欲しいけど(多分1年以内に購入する)、当分我慢。

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iTunes小ネタ

キーボードを使って、ビジュアライザを変更したりできる。
恥ずかしながら、ぜんぜん知らなかった……

参考
http://d.hatena.ne.jp/adzuki-beans/20050429
http://homepage.mac.com/tokudome/pass/y02mac/mac_itunes.html

H または ? : ヘルプ(押すたびに内容が切り替わる)
F : フレームレートの表示ON/OFF(押すたびに切り替え)
T : フレームレートの制限ON(30fps)/OFF(押すたびに切り替え)
I : 演奏中の曲の情報を表示
D : 規定の設定にリセット
O : オーバースキャンモードのON/OFF(押すたびに切り替え)
R : 新しいランダム設定
B : Appleのロゴ(りんごマーク)を表示
C : ビジュアルエフェクトの組み合わせ(名前)を画面右上に表示
M : ビジュアルエフェクトの再生方法を指定(押すたびに切り替え)
N : ハイコントラスト色切り替えのON/OFF(押すたびに切り替え)
W/Q : スペアナ(スペクトラムアナライザ)波形の切り替え(進む?/戻る?)
S/A : 背景アニメーション(モーション)切り替え(進む?/戻る?)
X/Z : 背景色パターン変更(進む?/戻る?)
capslockON+0-9 : すでに登録してあるビジュアルエフェクトの呼び出し
capslockON+shift+0-9 : ビジュアルエフェクトの登録(ユーザ設定)

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MacBookが登場

これもネタの賞味期限が切れてしまったかもしれないが、MacBookが登場。
スクリーンは13インチワイドで、色は白と黒。
ただし色の選択は本体の性能などにもよる(黒は特別なモデルなので高性能モデルだけのようだが、どうせならiPodのように性能に関係なく色を選べればもっとよかったのに)。
iBookゆずりのシンプルなデザインはMacBookでもそのまま生かされている。
もっとも、グラフィックまわりはProと差別化されている(Proの方が性能が高い)。

そういえば、MacBookの14インチモデルやMacBook Proの12インチモデルは結局登場しないようだ。
これでインテルCPU採用のノート型Macは(PowerPC G4採用のものと比較して)ラインナップが整理された。
個人的にMacBook Proの12インチモデルがないのは残念だが、仕方ないのか……
(もっとも、MacBook ProはPowerBook G4と比べて最大数mm薄く作られてやや持ち運びやすくなり、12インチモデルの存在意義がほんの少し薄れたのかもしれない)

インテルCPUを搭載したMacは、最後にPowerMac G5に相当するモデルが残っている(はずだ)が、どうなるだろうか。
個人的にはXeonを採用する、と予想(というか願望?)しているけど……

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IntelMacついに登場

Intel製のCPUを搭載したMacがついに登場。
まずはiMacとMacBook Pro。

CPUはCoreDuoとのこと。
これは意外だった。
私はiMacにデスクトップPC用のCPUが採用されると思っていたからだ。
CoreDuoはインテルのページにある通り、
「最新のインテル® Centrino® モバイル・テクノロジ搭載ノートブック PC に組み込まれる次世代のプロセッサ」、
つまり基本的にノート型PC用のCPUである。
最近では同じく主にノート型PC用のCPU、Pentium Mを載せたデスクトップPCもちらほらとあるようなので、これからはiMacのようにCoreDuoを採用したデスクトップPCもたくさん出てくるかもしれない。
画面サイズは17インチと20インチなのはPowerPCを積んだモデルと同様のようだ。

一方、MacBookProもCPUはCoreDuo。
ただしiMacに使われているものとクロック周波数が同じか遅いもの。
画面サイズは今のところ15インチのみ。
これは個人的予想だが、今後はPowerBookに合わせて画面が12インチや17インチの(あるいはそれらに相当する)モデル、(特に画面サイズに合わせてモデルを差別化した上で)より高速なCPUを採用したモデルなどが出るとかもしれない。
そして、デザインはPowerBook G4(Aluminum)と同じ。
これは個人的にちょっとがっかり。

いずれの機種も、デザインをIntel製CPUの採用に合わせ大きく変えることはしなかった。
裏を返すと、これは現行のPowerBook G4やiMacのデザインがいかに完成されているか、ということの表れかもしれない
(現行のPowerBook G4のデザインは2003年から、iMacは2004年から)。
もっとも、Macは国内メーカーのように頻繁にデザインを変えることはしないので、今回のデザインもある意味当然か。

ちなみに、CoreDuoはクロック周波数が2GHzを超えるものもあるが、iMacにもMacBook Proにも今のところ採用されていない。
これは個人的観測だが、今後、モデルチェンジの前により高速なCPUを採用したモデルが追加されるかもしれない(特にMacBook Pro)。

あとはiBook、PowerMac、Mac Mini(あるいはそれらに相当するモデル)の登場か。
このうち、PowerMacに相当するモデルは、PowerBookに(おそらく)相当するモデルとしてMacBook Proが出たように、PowerMacではない別の名前が付けられる(たとえばMac???? Proのような感じで)と私は思うが(PowerというのはPowerPCを使っているから付けていたのだとすれば、PowerPCを採用していないのにPowerを付けてもしょうがない?)、実際はどうなのだろうか。

もっとも、この記事を書いた時点でこれらが売れるかどうかは微妙か。
プロ向けに限れば、Photoshopなど画像・映像・音楽関係のアプリケーションがx86(IA-32/64と書くべきか)バイナリへ順調に移行すれば、IntelMacも売れるだろう。
しかし、移行が進むのは当分先だろう。
エミュレーション(別のCPUの「まね」をするようなもの)なしでそのままIntelのCPUで実行できる(x86とPowerPCの両方のバイナリが格納されているユニバーサルバイナリも含む)アプリケーションが登場するのはまだ先だからだ。
IntelMacでそれまでのアプリケーション(PowerPCのみ対応)を動かそうとすると、PowerPCのアークテクチャ(命令の違いなど)とIntelのCPUのアーキテクチャが異なるため、エミュレーションが必要となる。
その結果、アプリケーションの処理時間がエミュレーションのオーバーヘッド(エミュレーション実行に必要な処理)により低下する可能性が高くなる。
IntelMacではPowerPCバイナリをRosettaというエミュレーション(もう少し突っ込んでコードトランスレーションと書くべきか)技術を使って動かすようだが、いろいろな記事を読む限りスピードは期待できそうにないようので(エミュレーションだからある程度は仕方ない)、IntelMacの購入は様子を見る人がいるかもしれない。

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MacにIntelのCPUが載る

デザイナー御用達のMac、ついにIntelのCPUを採用するようだ。
Macの独自性をどう保っていけるのかな。
Macは今まで以上に本体のデザインに力を入れないと、大変かもしれない。
OSの違いは普通にパソコン使う人は気にしないだろうから。

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AdobeがMacromediaを買収

AdobeがMacromediaを買収するという(ソース)。

これからは、Adobe Creative SuiteにFlashやDirector、Dreamweaverが
同梱されたりするのだろうか
(もっとも、5月にCreative Suite 2が出るので、まだ先の話かもしれないが)。
だとすればうれしい話だ。
ソフトを全部使いこなす余裕があるかどうかは別だけど。
その前に、GoliveとDreamweaverのような、
競合するソフトをどうにかしなければいけないとは思うけど。

それにしても、世の中何が起こるかわからない。
フジテレビとライブドアも和解したようだし。

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googleでauを検索すると……

MEN'S NONNO WEBを見ていたらtalbyの記事があったので、
googleでauを検索すると……

結果はこちら
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=au&lr=lang_ja

1 Astronomical Unit = 149 598 000 000 meters

だそうだ。

googleの電卓機能を詳しく知りたい人はこちら
http://www001.upp.so-net.ne.jp/yama-k/memo/googlecalc.html
http://www.mc.ccnw.ne.jp/sunpillar/game/urawaza/other/google.html
http://www.google.com/help/calculator.html
http://hp.vector.co.jp/authors/VA013937/google.html

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