スポーツ

「正しい道を進む信念」をフィンケ監督から改めて考える

以前、「二兎を追うものは一兎をも得ず」と正しい道を進む信念(http://danpaleta.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-382f.html)という日記を書いた。
そこで、レッズのフィンケ監督の言葉を引用したが、改めてここで書く。
(元: 【島崎英純の浦和論究】将来に向けての大切な「土台」)
http://news.livedoor.com/article/detail/4557244/

「今年に入って、とても多くのことが変わりました。わたしたちはさまざまなことを変革してきたわけです。(中略)もちろん、これだけさまざまなことを変革していきますと、とても困難な時期が訪れることはよくあることです。しかしわたしたちは今年、とても多くのステップを踏むことができました。そしてわたしたちは確実に前進しています。(中略)もちろん、さまざまな改革を進めていきながら、同時に優れた結果を残したいということはよく分かりますが、長いサッカーの歴史、そしてこの長い歴史から生まれた、ある程度の常識という部分から言えば、これは困難であることは皆さんも既にお分かりであると思います。もちろん、わたしたちもできる限り早く結果を残したいという考えがありました。しかし今、わたしたちは将来のためにこの道を進んでいるわけです。そしてこの道は正しい道です。そして近い将来わたしたちは再び、優れた結果を残すことができるようになるでしょう」

上の日記では、「『様々な改革』(=コンビネーションサッカーの導入: 『個の力』に頼らない、など)と『優れた結果』(=タイトル獲得)の二兎を追う時期ではない」ことや、「『この道は正しい道』、『近い将来、私たちは再び優れた結果を残すことができるようになるだろう』という信念」に触れた。
しかし、「さまざまなことを変革していきますと、とても困難な時期が訪れることはよくあること」という視点は抜けていた。
その部分が、今回新たに引用した箇所である。

改革・変革を進めていくためには、確固たる信念を持たなくてはならない。
信念こそが、我慢が必要な場面を乗り越えられる。
また、改革を進めていく際は性急に結果を追い求めたくなる、あるいは求めざるを得ないこともあるだろうが、「急がば回れ」ということわざもある。
たとえ困難な時期が訪れようとも、それを乗り越えるメンタリティがあれば、「様々な改革」が「正しい道」であるという確固たる信念を持ち続けられ、「確実に前進」することができるだろう。

レイカーズが勝った!!

NBAファイナル、レイカーズが7季ぶりに優勝したらしい。
昨季はセルティクスと名門同士の戦いで、負けてしまった。
今季は相手こそマジックと違うけど、雪辱を晴らせた。
よかった……

レイカーズの試合はほとんど見るチャンスはないのだけれども、結果は出ているから、選手のチームワークがうまくかみ合っているのかな。
特にコービー・ブライアントは、オニール(シャック)が移籍してからNBAファイナルから遠ざかっていたので(上の通り、昨季含めあと一歩で優勝を逃すことがあった)、自分の実力を証明する上でも大切なファイナルだったのかも。

監督のフィル・ジャクソンはなんと10回目の優勝で、NBA記録更新だそうな。
ジャクソン監督は過去に3連覇を3回やっているので、もう1回3連覇してくれないかな。
そうしたら、セルティクスと優勝回数が17回で並ぶんだけどな(追いついたらすごい)。

PS いまさら書いてもしょうがないけど、ペイトンやマローンがいた数年前に、ファイナル制覇出来ていたらな(このとき、最後の最後で負けちゃったんだよね、レイカーズ)……

バスケ・日本リーグとbjリーグが統合?

日本リーグとbjリーグの11年統合目標
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2009/03/12/08.html

やっと日本のプロバスケットが望ましい方向へ進みそうだ。
(日本リーグもbjリーグも、ここしばらく見ていないのだけど……)

相次ぐレース撤退に思うこと

2008年以降、日本のチームやメーカーがレースから撤退する、というニュースが相次いでいる。
2008年は、5月のF1・スーパーアグリ(http://www.saf1.co.jp/)、12月のホンダF1撤退(http://www.honda.co.jp/news/2008/c081205.html)とスバルWRC「卒業」(http://www.subaru.jp/information/topics/2008/wrc/)、スズキもWRC参戦から1年で撤退(http://www.suzuki.co.jp/release/d/2008/1215/)と、いろいろあった。
2009年になってからも、カワサキのモトGP撤退(http://www.khi.co.jp/khi_news/2009data/c3090109-1.htm)、三菱自のダカールラリー撤退(http://www.mitsubishi-motors.co.jp/publish/mmc/pressrelease/news/detail1892.html)と続く。
以下の記事にある企業のレース撤退一覧が参考になる。
・砂漠の雄、不況に涙
http://www.yomiuri.co.jp/atcars/ms/rally/20090205-OYT8T00420.htm
三菱のダカールラリー撤退により、「国内メーカーのサーキット外競技への直接参加もなくなった」とのこと。
自動車レース競技は、急速な景気後退による自動車会社の業績不振のしわ寄せを真っ先に受ける形となってしまった。

自動車メーカーは、株式会社である以上利益を出さなくてはいけないのだから、不景気でレースどころでなくなったのであれば撤退も仕方ない。
一方で、夢を売ることも忘れないで欲しかったけど、それは部外者のわがままなのだろう。
そんな中、トヨタは赤字決算が見込まれているが、それでもF1から撤退しないのはレース文化にとってよいことである。

ホンダがF1から撤退したときは、以下をはじめとするニュースが流れた。
・ホンダがF1撤退、経営資源を次世代技術に配分
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-35283820081205

ホンダは今回も含め、過去3回F1へ参戦していた。
1回目は独自チーム、2回目はエンジンのみ(アイルトン・セナなどを優勝へ導く)、そしてエンジンに始まり、名門チーム・ティレルの流れを継ぐBARをタバコメーカーから買収した3回目。
そして、その3回目の参戦に終止符が打たれた。
入社動機が「レースがしたいから」だったというホンダの福井社長にとっては、F1撤退は苦渋の決断であったことは想像に難くない。
だが、ホンダも世界経済の悪化には逆らえなかったということか。
福井社長が「11月に入ってから事業環境が加速度的に悪化した。9月までの状況なら撤退の決断はなかった」、「単に経済が冷え込んでいるだけでなく、100年間繁栄してきた自動車産業は次の100年に向かう大きな変化を迎えている。F1に注いできた情熱、リソース、人材を新しい時代に振り向けるべきだという強い意志と受け取ってもらいたい」と記者会見で述べたほどなのだから、相当状況は深刻なのだろう。
チームの売却先に関しては、2月の時点でもまだ決定したというニュースはない模様であるが、チーム消滅まで予断を許さないだろう。
もっとも、チーム消滅は最悪のシナリオで、これが起こる可能性は低いと私は見ているし、起きて欲しくはない。
売却先がどこになるか、私は見当が付かないが、必ず決まるはずだ。

最高レベルの技術を投入して作られ、広告を付けたマシンを、最高レベルのドライバーが走らせるF1は、ある意味走る広告塔である。
注目度の高いF1は、広告料も高額といわれるからだ。
一方、自動車メーカーにとっては技術力を誇示する場にもなる。
たとえそれが、エンジンなどの供給だけであったとしても。
トヨタがF1へ参戦したのも、宣伝効果と技術力の誇示・向上にあるといわれる。
エンジンのみも含め、以前からF1へ参戦していたホンダも、そのことはよくわかっていたはずである。
だが、近年は技術の市販自動車へのフィードバックが、どのメーカーも不十分だったようだ。
おまけにF1をスポーツカーのイメージリーダーとして使おうにも、ホンダも含めスポーツカーが少ない会社にとっては、その効果は薄い(例えば、私がスポーツカーと呼べそうなホンダのクルマ(発売中)はS2000とシビックタイプRくらいなものだ)。
これではF1に関係している自動車会社にとって、年間数百億ともいわれる参戦費用のうち、ある意味広告料として、チームを運営しているなら広告などでまかないきれない残りの金額を出しても、割に合わないだろう。
経営状況が厳しいならなおのこと。
それが、ホンダ撤退の遠因かも知れない。

エンジンの供給を受けるなど、ホンダと密接な関係を持っていたスーパーアグリが、今年になりシーズン途中で撤退したが、その時点ではまだ世界経済がここまで悪化する状況ではなかった。
だが、今振り返ると、スーパーアグリ撤退はホンダ撤退の予兆だったのかもしれない。

2007年よりホンダは、F1マシンに広告ではなく、地球の写真を描くようになった。
これは、F1マシンを通し、地球環境問題への意識を向上させようというものである(これはこじつけだ、排ガスを撒き散らすF1が環境問題を取り上げるなど笑止千万、という批判もあったようだ。気持ちはわからないでもないが、環境問題はF1で取り上げるからこそ重みを持つのだ)。
2007年は"myearthdream"のスローガンの下、黒いボディに地球を描いた。
そして2008年の"earthdreams"では、最初にホンダがF1へ参戦したときのボディカラーにも通じる白いボディに地球を描き、2007年のコンセプトを進化させていた。
こういった試みのマシンがもう見られなくなるかもしれないと考えると、とても残念だ。
一方で、地球の写真を描くようになった理由として、スポンサーに恵まれなかったからだという話もある。
詳細は長くなるので割愛するが(これと関連して、記事前半でホンダはタバコメーカーからチームを引き継いだと書いたが、これはF1でのタバコ広告規制が理由である)、これも撤退の要因の1つかもしれない。

2007年以降のホンダの成績は芳しくなかった。
2006年にチームに勝利をもたらし、ポイント争いでも上位に食い込む力を持っていたジェンソン・バトン、フェラーリに在籍していたルーベンス・バリチェロ(世界王者5連覇を果たしたミハエル・シューマッハのチームメイトを務めた)を擁しても、上位入賞は少なかった。
下の順位に終わることのほうがほとんど。
そして、来年こそは巻き返しを、という矢先の撤退・売却騒動。
日本人や日本のチームを応援し、F1を見ている人間としては、残念だとしか書けないのがもどかしいところ。

ホンダのF1復帰の可能性はなんともいえない。
ホンダは過去2回F1から手を引いたが、このときは「休止」という表現を使った。
でも、今回は「撤退」。
もしかすると当分復帰はないのかもしれない。

この経緯については、最近になり掲載された次のインタビューが参考になる。
・原点に立ち返り、危機と戦う ホンダ・福井威夫社長
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090203/184813/?ST=manage

上で書いたことの繰り返しになってしまうが、レースがやりたくて入社した福井社長にとって、F1から撤退するというのは断腸の思いだったことが、日経ビジネスの記事からも伝わる。
記事に書かれている覚悟があるなら、F1撤退も仕方ない。
ホンダはそれだけ本気になり、不況を乗り切ろうとしている。

スバルはWRCについて「卒業」という言葉を使っているのが、ちょっと気になる。
卒業ということは、もうWRCには戻らないとも読み取れる。
もっとも、スバルのプレスリリースを読む限り、メーカー単独では参戦しないけれど、スバルの車で参戦するチームにはサポートをする模様である。
それが救いだろう。

さらにスズキもWRCから撤退し(こちらもスズキ車で参戦するチームへのサポートはする模様)、WRCに参戦する日本の自動車メーカーはなくなってしまった。
WRCはなかなか見るチャンスがないので詳しくないのだけれども、ここ数年は北海道でもラリーが開かれるなど、日本でも注目を集めていたようだ。
だから、一気に2つの会社が撤退を表明したときはとても残念だった。

そしてこんな記事も。
・日本のメーカーに必要か!? ~モータースポーツのこれからを考える
http://www.webcg.net/WEBCG/news/n0000020317.html
この記事では、「モータースポーツはもはや、時代にそぐわない」と書き、モータースポーツの現状を分析している。
イメージ戦略としてのレース参戦。
その戦略のミスマッチから、(上で私も触れたが)苦肉の策としてF1に地球を描いたホンダ。
モータースポーツへの参戦目的の1つは量産車へ技術をフィードバックすることだが、量産車のほうが技術が進んでいることもある現状。
「モータースポーツのあり方も、根本的に見直されるときなのかもしれない」と最後に結んでいる。

WRCについては、次の記事が参考になる。
・スズキ&スバル撤退、WRC氷河期へ
http://www.ocn.ne.jp/sports/motorsports/motor081222_1.html
撤退に関しては、「『休止』という言葉を使ったスズキは将来の活動再開の可能性を含むものだが、スバルの『終了』はしばらくの間やるつもりがまったくないことを意味する」と著者は記している。
「スズキ、そしてスバルとも活動を止める最大の理由は業績の悪化である」という点は、ニュース発表時に想像がついた方もおられるだろう。
スズキは「撤退が規定路線」であったのに対し、スバルは「最後の最後まで混乱がつづいたと思われる」というのが著者の分析である。
最後は「ホンダも含めた日本メーカー4社の引きぎわがまったく美しくなかったことが残念でならない」と結んでいる。
まるで日本にはレース文化がないことを象徴しているかのような文である。
ただ、ホンダの福井社長がインタビューで話したような事情も考慮しなければいけないだろう。
自動車会社の経営陣はF1チームのスタッフよりも多いであろう数万~数十万人もの雇用に責任を負う立場にあること、また自動車会社の業績が回復しないことにはレース活動の再開もおぼつかないことは、こちらも理解すべきだから。

アマチュアスポーツの撤退も相次いでいる中、モータースポーツも時代の流れには抗うことは出来ないのかもしれない。
現状では仕方ないが、いずれ復活して欲しい。

PS トヨタがWRCに参戦していたことや、スバルがF1のエンジンを作っていた(1990年、途中で撤退)ことを知っている人はどれくらいいるのかな?

関連リンク
・ホンダはなぜF1から撤退するのか?――社長会見を(ほぼ)完全収録
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0812/06/news004.html
・スバルはなぜWRCから撤退するのか――社長会見を(ほぼ)完全収録
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0812/17/news058.html

コンサドーレJ1復帰! 長かった……

昨日でJリーグはJ1・J2ともに全日程が終了。

J2は、前節までにヴェルディ・コンサドーレ・サンガの3位以内が確定(2位以内は来季J1、3位はJ1・16位と入れ替え戦)。
2000年のときと同じく、コンサドーレに優勝でJ1復帰を果たして欲しい(ちなみに2000年のJ2は1位コンサドーレ、2位レッズ)が、それは他力本願。
ヴェルディはセレッソとアウェイで、コンサドーレはホーリーホックと札幌ドームで、いずれも12:00に対戦。
現在、J2首位は勝ち点88のヴェルディ、コンサドーレが得失点差で2位なので、コンサドーレが優勝するためには次の2通りしかない。
・ヴェルディ引き分け(△)でコンサドーレ勝ち(○)
・ヴェルディ負け(●)でコンサドーレ△か○

前置きが長くなったが、とにかくヴェルディが勝たないことを祈りつつ、コンサドーレの勝利を祈る私。
個人的には、ヴェルディ△、コンサドーレ○で優勝かな、と思っていたが……

試合は見れていない(スカパーならやっているらしいが)、ネットで知った途中経過はヴェルディ○、コンサドーレ●、サンガ(対ザスパ)○。
コンサドーレ●、サンガ○のとき、コンサドーレとサンガが勝ち点で並び、得失点差でサンガが2位、コンサドーレが入れ替え戦出場の3位になってしまう。
それだけは勘弁、と思っていたら、最後にはヴェルディ△、コンサドーレ○、サンガ△。
コンサドーレJ2優勝が決まって、一安心。

それにしても、コンサドーレのJ2は長かった……
2002年にチーム迷走の末J2降格してから、債務超過の拡大でチーム存続のピンチ、J2最下位、その後は3位以内には入れそうで入れず。
2006年、天皇杯でベスト4になったとき(準決勝でガンバに敗れたが、できれば勝ってレッズと決勝でぶつかって欲しかった)、J1復帰の希望の光が今までより明るくなったのを感じた。
2007年はアルディージャをJ1昇格に導いた三浦監督が就任、外国籍選手も増え、元セレッソのブルーノ・クアドロスら3人を獲得するなどして、今までとは本気の度合いが違うことを感じ取る。
そして、今までの苦労がJ2優勝として結実した。

試合を見るチャンスはなかったが、気にはかけていたコンサドーレ。
現実的には、来季はまずJ1残留だろう。
チーム強化のための資金力も、十分ではない。
でも、やがてはレッズなどJ1上位陣の一角に割って入り、優勝争いすることを信じたいし、そうなる可能性はある。
なぜなら、若手主体&下部組織の充実に切り替え、長い時間をかけてチーム力向上に努めたから。
北海道のスポーツの話題はファイターズが中心になってしまったが、コンサドーレもかつてのようにいい意味で目立ち、J1で大暴れして欲しい。

悪夢と悲劇・レッズが連覇逃す

昨日、コンサドーレのJ2優勝を知った30分後。
今度は最下位・横浜FCと首位・レッズの試合がNHKで放送されるので、レッズの優勝を見届ける、はずだった……

レッズはここ4試合、足踏みが続く。
3連続引き分けの上、前節は2位のアントラーズに敗れ、勝ち点差1に迫られていた。

レッズは、勝てば必ず優勝できる。
相手もすでにJ2降格が決まった横浜FCで、楽に試合は進むだろう。
8連勝のアントラーズは、ここ数年相性がいいエスパルスとホームで対戦するが、アントラーズの勢いも長くは続かず、エスパルスも意地を見せるだろう。
そう高をくくっていた。

しかし、レッズは横浜FC戦でも先制されてしまう。
天皇杯では、愛媛FCに無様な姿をさらし、天皇杯3連覇を逃したレッズ。
今度こそ立ち直ると思っていたが、そのようには見えない。
一方、アントラーズはエスパルスに先制。
もう勝つしかないレッズを、祈るようにTVで見ていた。
でも、アントラーズ戦と同様、レッズは攻めても攻めても点が入らず、1点があまりに遠い。

後半になり、(小野)伸二投入などで流れを変えようとするも、点が入らない状況は変わらない。
そんな中、アントラーズはエスパルスとの差を2点、3点と広げていく。
無常にも時間は過ぎ、結局横浜FC1-0レッズ、アントラーズ3-0エスパルス。
レッズ大失速とアントラーズ9連勝で、アントラーズが久しぶりにJ1優勝、レッズは限りなく優勝に近づいていたのに逃してしまった。
出来すぎたサッカーマンガ並みの展開を目の前で見せられる。
これを悲劇と呼ばずしてなんと呼べばいいのか、わからない。
コンサドーレJ2優勝も、これで帳消し。
結局、昨日はショックで寝込んでしまった(半分実話)。

ただ、アントラーズは優勝まで長かった。
最後に優勝したのが、2002年のナビスコ杯。
このとき、決勝で戦ったのがレッズだった。
2003年、レッズはナビスコ杯で奇しくも再びアントラーズとぶつかり、4-0でナビスコ杯初優勝を飾る。
さらに、リーグ最終戦ではアントラーズのステージ優勝を阻んだ。
その後、アントラーズはなかなか優勝できなかった。
そう考えると、アントラーズの優勝の執念は、私が思っていた以上のものだったかもしれない。
それが、9連勝となって現れたのだろう。
また、アントラーズは若手主体に切り替えて長期的なチーム強化策を取りつつあったので、その成果が割と早く出たのかも知れない。

一方のレッズは、ACL優勝で性も根も尽き果てたような印象を受けた。
ターンオーバー制でも戦えると言われつつも、メンバーを固定して戦うことが多く、結局それが選手の負担増加とレギュラー以外の選手強化・育成につながらなかった。
加えて、レッズはアントラーズとはやや対照的に、若手の育成よりも選手の移籍加入に積極的だった。
そのツケが、早くも出てしまったのかもしれない。
レッズにも生え抜きはいるし、移籍選手との人数的バランスは取れてはいるが、危ういものだったろう。
今年の新加入選手が阿部だけで、新卒やユースからの昇格が0だったことを考えると、ACLまでは乗り切れても、その後は戦力の底上げが不十分なために低迷する(特に主力選手に故障が相次ぐなど)ことは、目に見えていたのかもしれない。
これは結果論だけで書いているので、レッズがぎりぎりでJ1連覇を果たしていたらこのことにあまり目を向けなかっただろうが。
幸い、来季のレッズは新卒などの選手も何人か加入するようなので、長期的視野でのチーム強化も考えているだろうけど。
そして、昨日の悔しさを忘れなければ、レッズはもっと強くなると信じている。
なかなか優勝できなかった苦しみを乗り越えたアントラーズも、復権を果たすだろう。

ただ、レッズにはクラブW杯が残っている。
初戦に勝てばACミランが、勝てば決勝でおそらくボカ・ジュニアーズが待っているだろう。
現在のレッズのチーム状態では厳しいものがあるだろうが、昨日の悔しさをぶつけてくれることと、番狂わせを期待して。

Jリーグは「おあずけ」ばかり

Jでは浦和が清水に引き分け。
浦和は勝った上で、2位・G大阪と3位・鹿島が共に引き分け以下なら優勝が決まる。
G大阪は引き分けたが、鹿島が7連勝を飾ったので、浦和の優勝はおあずけ。
浦和は次こそ勝って優勝を決めて欲しい。

J2では、今日京都に勝てばJ1復帰が決まった札幌が、ホームで2-2と引き分け。
札幌のJ1復帰はおあずけ。
ここまで来たら、札幌はなんとか優勝して欲しいな。

そういえば、J2の上位6チームの勝ち点をシミュレートし、どのチームがJ2優勝かなどが一目でわかるページがあったので、紹介。
札幌サポの方が作られたようだ。
http://www.consadole.dev-asp.net/toJ1/

バスケ男子代表監督に鈴木氏

バスケ世界選手権で開催国にもかかわらず決勝トーナメントに進めなかった日本バスケ代表だが(過去の開催国はすべて決勝トーナメントに進んだ)、期間満了で退任するジェリコ・パブリセヴィッチ監督の後任に鈴木貴美一・アイシン監督が日本代表監督を兼任するとの発表。

パブリセヴィッチ監督というのは、なかなかの名将だったようだ。
その名将に4年を託したのは結果だけ見れば失敗かもしれないが、方向性は間違っていなかった。
とはいうものの、この4年の間に反省すべき点はあるはずだが、きちんとしているのだろうか。

鈴木氏のことは実はよく知らなく、悪く書くつもりもないが、個人的には鈴木氏よりも外国人に任せるべきだと思う。
盲目的に外国人が良いと主張するわけではないが、日本のバスケが強くなるには外国(人)からいろいろと学ぶべきだと考えているからだ。

とにかく、ジーコ前監督の総括や反省がいい加減な状態でイヴィツァ・オシム前千葉監督の招聘を決めた、サッカー日本代表の二の轍を踏むことはやめてほしい。
# ジェリコ・パブリセヴィッチ監督とイヴィツァ・オシム監督は旧ユーゴスラヴィアつながりというだけでなく、旧知の仲だそうだ(Wikipediaより)

最後に、個人的にはバスケのプロリーグを巡り対立しているbjリーグとスーパーリーグ(日本バスケットボール協会)がうまくまとまり、日本にきちんとしたプロバスケットボールリーグを作る必要があると考えている。
そうすれば、やがてそこからNBAなど海外でプレイする選手が増え、その選手が日本代表に選ばれていいチームができるようになるはず。
監督も大事な要素だが、むしろ日本のプロリーグをきちんとすることがバスケ代表を強くする一番の近道にも見える。

・参考記事
http://www.daily.co.jp/general/2006/09/14/0000112153.shtml
http://www.yomiuri.co.jp/sports/etc/news/20060913ie26.htm

バスケ日本、決勝トーナメント進めず

スペインを前にダブルスコア近いぼろ負け。
1次リーグが終わり、決勝トーナメントには進めず。
バスケの世界選手権で、開催国として最低の成績だと言う。

五十嵐や桜井らいい選手も育っているが、世界との差はまだまだあるということなのだろう。
ニュージーランドに前半終了時点で18点差つけておきながら逆転負けしたというのも、それを象徴しているかもしれない。
NBAでプレイする日本人が10人くらい出てくれば、日本も世界に通用するのだろうけど、それはいつの日になることやら。

(加筆修正予定)

横浜M・岡田監督が辞任

単に岡田監督、と書くと阪神の監督だと思う人もいるだろうけど、ここではもちろん違う。

かつて日本代表やコンサドーレ札幌の監督もつとめた、横浜M・岡田監督が成績不振で引責辞任。
http://www.f-marinos.com/news/topic.php?code=1156402984
あの成績(12位)ではいつか監督を辞任するか更迭されるだろう、と漠然と思っていたが、そうなった。

ここで岡田監督の経歴を振り返る。

1997年、サッカー日本代表の加茂監督更迭から急遽監督に就任、「ジョホールバルの歓喜」(ゴールを決めたのは浦和の野人・岡野)でなんとか日本をW杯に導く。
いまから新たに監督を捜すのも難しく、また監督を変えたとしても逆効果になる恐れがあったのかどうかは定かではないが、当時の日本サッカー協会はそのまま岡田監督を続投させる。
しかし、監督1年生にワールドカップを任せたところで結果は目に見えていて、3戦全敗
(もっとも、岡田監督にすべての責任があるわけではないことは書くまでもないが)。
そしてコンサドーレ札幌の監督に就任。
札幌はJ2に落ちてしまったが、それでも監督を引き受け、J1復帰を目指すことに。
ここからが監督としてのキャリアの実質的な始まりだろう。

1年目の1999年はJ1に1年で戻れると高を括っていたのか、5位に終わりJ1復帰はならず。
だが、2年目の2000年、FWエメルソンらを獲得し、巻き返しを目指す。
序盤は「涙のVゴール」でJ2に降格した浦和と激しい首位争いを繰り広げるも、やがて浦和を突き放し、圧倒的強さでJ2優勝(=J1復帰)を勝ち取り、エメルソンも得点王になる。
このときの岡田監督は、コンサドーレでついに監督として目覚めたのかな、という印象がある。
最終戦のVゴールでかろうじて2位に入り、J1復帰を決めた浦和とは対照的だった。
コンサドーレ最終年となった3年目はJ1残留がやっとだったが、それでもこの3年間の岡田監督の手腕は立派だろう。
なお、2001年の札幌はエメルソンが川崎へ移籍したが、かわりにレンタルで獲得したFWウィルが得点王に。後の日本代表・大黒もG大阪からレンタルするが、出番には恵まれず1年でレンタル終了。ちなみにエメルソンは川崎を経て浦和へ移籍、2004年には得点王を取る(2006年現在、J1とJ2の両方で得点王となった唯一の選手)。
選手の獲得には岡田監督も深く関わっていたようで、岡田監督の選手を見る目の確かさが感じられる。

2003年に横浜Mの監督に就任、いきなり完全制覇。
2004年にはチャンピオンシップで浦和と激突、PK戦の末リーグ2連覇を果たす。
だが、就任3年目の2005年は9位に終わる。
岡田監督は「一人の人間が3年以上監督を務めるのは良くない」という意味の発言をしていたようだが(2001年に札幌の監督を辞任したのもそれが理由の1つのようだ)、2006年も続投する。
だが、結果は振るわず、「勝負への執着心が薄れ」、岡田監督も辞任。

サッカー日本代表監督時代にはW杯出場を決め、札幌時代にはJ1復帰を果たし、横浜MではJ1・2連覇を達成、これまで順風満帆だった。
だが、辞任という現実を見ると、栄枯盛衰とプロスポーツの厳しさを感じずにはいられない。

より以前の記事一覧

April 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ