映画・テレビ

TV番組の質、誇り、批判

以下の記事より。
・収入減を嘆く前に少しは見るに堪える番組を
http://news.livedoor.com/article/detail/3967213/
「吉田さんは『一億総白痴』という言葉を作った大宅壮一さんに思い知らせてやるというつもりでこの数十年間番組を作ってきた。しかし、晩年、吉田さんは“大宅さんの言葉は当たっていたかも知れない”と言っていた」
この下りが印象的。

後輩の日記で知ったが、紅白歌合戦でゲスト審査員をつとめた松本幸四郎は「人の悪口を言ったり、批判することは簡単だけれど、人を感動させることはとても難しい。それを仕事にしているのが私たちの誇りだ」とコメントしたという。
出演者をはじめ、今のテレビ番組に関わる人たちにそういう気持ちを持つ人たちは、果たしてどれだけいるのだろうか。
多くの人たちが、松本幸四郎のような気持ちで仕事をしていることを、私は信じたい。

PS 上の松本幸四郎のコメントにあった「人の悪口を言ったり、批判することは簡単だ」というのも、私には印象的だった

ヴァイオリン入りのロック、実は珍しくない?

今日「のだめカンタービレ」を見ていたら、


龍太郎率いるヴァイオリンチームがいきなりロックギタリストのようなアクションを披露し、千秋の怒りを買ってしまう。

(以上のだめカンタービレより引用)の場面があった。
# ちなみにドラマはなかなか面白かったです

確かに、ドラマの場面のようにロックギタリストよろしく(?)ヴァイオリンを上に向けて弾いたらむちゃくちゃだ。
でも、実はヴァイオリンをはじめとするクラシックで使われるような弦楽器を取り入れたグループや個人は、ロックに限らず数多い。
例えば、昔の歌謡曲の伴奏ですらオーケストラを取り入れているし(よくある懐かし歌謡曲プレイバック、みたいな番組で見る限り)、今のJ-POPだって部分的にヴァイオリンを取り入れた曲は探せばごろごろ見つかる。
# ちなみに、ドラマや原作で龍太郎がヴァイオリンでロックしているグループを知っていてああいうことをやったかどうかはわからないけど
とはいえ、俺が良く知っているヴァイオリンを積極的に取り入れたグループや個人は、


  • KANSAS(カンサス、アメリカのプログレッシヴ・ロック・バンドで、最近「スーパーナチュラル」のDVDのCMのバックに流れている``Carry on Wayward Son''(伝承)を演奏しているグループ、歌詞はここ)のロビー・スタインハート<vn, vo>
  • UK(文字通りイギリスのプログレッシヴ・ロック・バンド)のエディ・ジョブソン<k, vn>

くらいしか知らなかった。
でも、ちょっと気になって調べたら以下の参考にあるように海外では結構いることがわかり、驚き。
例えば、Curved Airのダリル・ウェイが有名らしいけど、ぜんぜん知りません……

参考: http://www.geocities.jp/violin22252225/kaisetu4.html

ドラマ「東京タワー」放送延期

フジテレビ系列で7/29に放送される予定のドラマ「東京タワー」が、放送延期になった。
ドラマに出演する極楽とんぼの山本圭一が、所属する野球クラブチーム・茨城ゴールデンゴールズの北海道遠征中、未成年者への淫行容疑で北海道警から任意で事情聴取を受けたことに伴う処置。
フジテレビはドラマの扱いを「慎重に検討したい」ようだ。

こうなるのは当然。
延期は賢明な判断だったと言える。

問題はその後のドラマの扱いだが、個人的には山本の出演部分は代役を立てて撮影し直してほしい(たとえそれで放送の延期期間が延びても一向に構わない)。
しかし、現実には難しそうだ。
と書いたのも、いろいろと問題がありそうだからだ。
出演者やスタッフのスケジュールとモチベーション、山本の代役の人選などである。

スケジュールの確保や調整はどうしようもない。
出演者のスケジュールが当分埋まっている可能性は高いだろう。
また、事件が事件だけに、仮に役者のスケジュールの調整ができても、モチベーションの維持は難しいかもしれない。

一般論として、私はドラマや映画などで演技力のない人間(お笑い芸人など、俳優を本職としていない人で演技の下手な人も含む)を起用するくらいなら、無名でもいいから演技力のある普通の俳優を呼んでほしいと考えている。
今回、山本の出演部分を代役の俳優を起用して撮り直す場合でも、その考えは変わらない。
もっとも、大物俳優を代役に立てようとしても、俳優側が断るという可能性もあるが(特に今回は病気による途中降板とは理由が違い、不祥事がらみなので)。

とにかく、せっかくの作品がこのままお蔵入りして眠る、ということはなんとか避けて欲しい。

(7/27追記: 山本出演シーンは撮り直しになる模様。代役は不明。個人的には撮り直しの可能性が一番高いと考えていたので、この展開は予想通り。
参照: http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20060727-OHT1T00073.htm
(8/30追記: 山本の代役はドランクドラゴンの塚地武雅に。記事を読む限り、久世は塚地を出演候補者の一人に考えていたという。ロケは9月中旬。ドラマの放送は11月18日夜9時。
それにしても、決定までに以下の記事にあるような背景があるとはいえ、これほどまでにお笑い芸人の起用に固執・拘泥する理由がわからない(塚地はお笑いは一流だろうが、並みの俳優より演技力があるとは思えないし、期待もしていない)。
ちゃんとした俳優と交渉し、断られた末での決定なら仕方ないが。
批判ばかりした塚地だが、演技力がないなどの不安を吹き飛ばすなど、いい意味で私を裏切ってほしい。
参照: http://www.zakzak.co.jp/gei/2006_08/g2006083010.html

今週の救命病棟24時 - アナザーストーリー

総集編+番外編。
看護師に焦点を当てる……はずが、
総集編と一緒になっているせいか、中途半端な印象を受けた。

ドラマ中ではどんどん出番が増えた大泉洋と、
逆にドラマではそれほど出番がなかったMEGUMIが中心となった構成だった。

水道工事の人が、銭湯を無料開放するときの工事を振り返り、
「感謝などされなくてもみんなが喜ぶ姿が見られればそれでいい」
という意味のせりふを話すのが印象的だ。

この作業員のひとことをきっかけの1つとして、
一時は救命病棟を離れようとしていた大友葉月が、
救命の仕事を続けるようになる。

アナザーストーリーで進藤先生のその後を補足するものはごくわずかだった。

ドラマの最後に、佐倉にオチが待っているのは、
大泉を知る人たちにとってはうれしい場面かもしれない。


ドラマ全体を振り返ると、
設定に無茶な点や矛盾点、不思議な点が数多くあったのが残念だ。
震災だからこそ仕事すべきなのに、勝手に帰宅する医師や看護師
(日比谷の場合はまだ許せるが……)、
いくら病院の手伝いが大切とはいえ、
半年も小学校の保健の先生の仕事をほったらかし(?)看護をする磯部
(しかも公式サイトにある人物紹介では
「富山の商店街の中華料理屋の一人娘」なのに、
実際のドラマでは父が福岡から磯部の身を案じて東京に来るシーンがある。
家族は富山から福岡に引っ越したのだろうか?
それとも単に公式サイトが間違っただけなのか、はたまた……
ちなみに、ここの3月22日に興味深い記述がある)、
進藤のいる国際人道支援団が東京で活動する場面がない
(このblogの「救命病棟24時」の疑問 今週の救命病棟24時 - 最終回を参照)、
過去に今週の救命病棟24時 - 第10回で書いたように、食中毒でやられる医師や看護師……
挙げるときりがない。

どうしても、このドラマを振り返ると欲求不満が多い。
それは結局、「大規模災害時の救急医療」の扱い方に起因するのかもしれない。
ここの言葉を借りてまとめると、こうなるだろうか。
「大規模災害時の救急医療」というテーマを選んだのは、
(2005年に発生から10年を迎える阪神大震災の)過去を風化させないためだった。
しかし、ドラマ開始前に中越で地震が起こるという、余りにも過酷すぎる現実を前に、
ドラマをフィクションという
単純な一言では片付けてはならない状況の下での
制作を余儀なくされた。
実際、(被災者や視聴者?に配慮して)
せりふも含め設定の手直しが行われたらしいが、
真偽は定かではない。

「大規模災害時の救急医療」こそが、
今回はドラマの肝になるのではなかったのか?
救命病棟にまつわる医療ドラマという基本線を生かしつつ
大規模災害を絡めたことに意味があるが、
事情があるにせよその扱いにはどうしても疑問符が付き、
やっぱり消化不良のまま、かつ看板倒れのまま、
終わってしまった印象がないわけではない。

それでも、ドラマのできは悪くない。
見終わったあと、視聴者に考えさせたり感動を与えるという点ではよかった。
進藤、寺泉、佐倉のせりふには光るものがあった。
演技や演出も、極端に悪いわけではない。
だからこそ、細かいところが私は気になってしまった。

ちなみに、ここにはほかに
> 如何せん!「ギャラ」が「1本300万円」と噂される?
> 「松嶋菜々子」を使った以上「25%」が「ノルマ」?
> 「アナザーストーリー」で「松嶋菜々子」の「追撮」が
> 無かったのは「300万円」を始末したからに違いない?
とあるが、
高視聴率をたたき出した「白い巨塔」も、
番外編には主役の「追撮」はそれほどなかったと思うので、
上の批判は的外れかもしれない、と私は考えている。

金八先生のせりふに見るドラマの集大成

※まだドラマの途中。

金八先生のせりふの中に、
「スタートライン」、「贈る言葉」が出てきた。
説明するまでもないかもしれないが、
これは主演の武田鉄矢が率いる海援隊が歌う、
過去の「金八先生」の主題歌のタイトルである(参考: 金八先生の主題歌)。

本blogのAngel of Retribution - メタルゴッドらしさとは?で、こう書いた。
> アルバムの解説ではないが、「30年間の歴史の踏襲と凝縮」、
> つまり昔の作品のテーマが歌詞やサウンドなど、いたるところにちりばめられている。
Angel of Retributionは、
ロブ・ハルフォードが復帰したJudas Priestの最新アルバムである。
しかし、Judas Priestのメンバーはほとんどが50代で、
もう活動できる期間は長くないかもしれない。
それだけに、アルバムの解説には
「人生の集大成へのラストスパート」
と書いてある。

「金八先生」も、最終回のせりふに過去の主題歌のタイトルを持ち出し、
何らかの形で集大成を残そうということなのだろうか。
理由はいろいろあるだろう。
25周年だということ。
長く脚本を担当していた小山内美江子が、がんの療養のため
ドラマの途中で降板したこと
(今後、「金八先生」の脚本を書くチャンスがあるかどうかわからない)、
などなど。
それらがせりふに現れているのかもしれない。

今週の救命病棟24時 - 最終回

食中毒で多くのスタッフが倒れる中、
残りのスタッフが不眠不休で救命活動を行う。

病院に運ばれる患者からは、次のような意味のせりふが出てくる。
「郵便配達をしても家は前回でやりきれない」、
「地方から復興のため来たが、仕事をしても……」
阪神大震災のような地震からの復興の過程で、
多くの人が感じていた(であろう)叫びが聞こえた気がする。

一方で、大規模災害からの復興という意味では、
最終回だけでもいろいろな課題を提示してくれた。
首都が地震の被害に遭うと日本の国家予算、下手すればそれ以上の被害が出ること、
日本が非常事態のとき、フレキシブルな対応ができるのかどうか
(寺泉の「先生方は何かする前にまず視察だ」という意味のせりふが印象的だ)、
海外からの医療団の受け入れ態勢(言葉は? 治療法などの違いは?)……
※以前ここで「なぜ国際人道支援団が日本に来ないのか」と突っ込んだが、
実際は単純なものではないようだ。
でも、ピンチの時には言葉や慣習の違いなんて何とかなるものだ、
というのは楽観的な考えなのだろうか。
医学用語なんてドイツ語がわかっていれば何とかなりそうなものだけれど……

阪神大震災から問題や教訓は学び取っているはずだろうが、
それをきちんと把握し、実行できるかどうかが問題だ。
そのことを、ドラマを見て感じた。

これは「大規模災害時の救急医療」とまったく関係ないが、
男性の看護師(「看護婦」が「看護師」と呼ばれるようになったのは最近の話だ)
という、光の当たらない存在を取り上げたことも書いておきたい。
しかも、それを演じていたのが、
北海道では有名だが全国での知名度は決して高くなかった
大泉洋だということがまた印象的だ。
(もっとも、このドラマの出演が決まった時点では、
大泉にスポットライトが当たってはいただろうが。
公式サイトのインタビューNo.11も参照。
余談だが、そのインタビューの「仲の良いディレクター」とは、
「水曜どうでしょう」を作成した
HTBの藤村ディレクター、もしくは嬉野ディレクターのことだろうか)
看護師の活躍はスペシャルまでのお楽しみ、かな?


残念なこともある。

ラストで進藤先生がどうなったかが、
ちょっと省略されすぎのような気がする。
(それも来週のスペシャルに回すのか?)

また、ここで危惧していたように、
ERの第8シーズンの最終回と同じような展開になってしまった。
ERの場合は、天然痘で病院が閉鎖となってしまうので、
救命病棟24時とはまったく異なる展開のようではあるが、
病院が危機に瀕するという意味では変わらない。
「ERの二番煎じ」から抜け出せなかった印象があったことは残念だ。

不満な点はまだある。
ドラマで描かれた「大規模災害時の救急医療」という点では、
どうしても物足りなさがある。
展開に緊迫感がないからだ。
大震災が起きたら、ドラマで描かれている状況よりも数倍悪くなるはずだ。
阪神大震災で現場を体験した人は、このドラマを見てどう思っているのだろうか。

しかし、災害からの復興とそれにまつわる問題、そして人々の想いという点では
力が入っていて、悪くないドラマだった。
(裏を返せば、そこに力を入れたがために、「大規模災害時の救急医療」
の観点からみた展開が弱い印象を私は受けてしまった)

今週の救命病棟24時 - 第10話

病院に運ばれてきた城丸屋の社長のせりふに隠された思いが、
今回は印象に残る。
息子に「仕入れに行け」と発破をかけたのは、
震災に乗じてハイエナのように被災者から金をむしりとる
悪徳業者と立ち向かうためだったとは……
「金の亡者」と誤解されても、自分の思いを通した社長はたいしたものだ。

一方、自信を喪失していた純介は、自分の未熟さを知ることで立ち直る。
父親が大学の助教授の椅子を蹴り、開業医になったことがきっかけというのは、
思っても見なかった立ち直り方だった。
※それにしても、父親が大学の助教授の椅子を蹴るというくだりは、
まるで白い巨塔の世界のようだ。
もし、町医者になった本当の理由が大学の出世レースに敗れたことだったなら
(これじゃ財前の父親、又一だ)、なおさらだ。

ただ、全体を通してみると、
先週と比べ印象に残らなかったのは、何故だろうか。
ややだれ気味なのだろうか。

それにしても、気になるのが最終回だ。

食中毒で病院スタッフの2/3がやられる展開は
(おまけに、その原因が食べ物の賞味期限切れという、
病院では絶対あってはならない理由。物語の展開に無茶があるのでは?)、
ER第8シーズンの最終回を想起させる(参考)。
以前のblogで「ERの呪縛から完全に抜け出しているとは言えず」と書いたが(参照)、
そのとおりだ。
せっかく「大規模災害時の救急医療」を取り上げたのに、
このままではそれも看板倒れに終わりそうな気がしてならない
(もちろん、最終回の展開だけでそれを判断してはいけないが)。
それが杞憂に終わればよいのだが……

今週の救命病棟24時 - 第9話

9話の寺泉のせりふ、なかなか言えるものではない。
日本の政治家であのようなことを言える人が、
果たしてどれだけいるのだろうか。

今回の
「消防士は人命救助したくてもできなかった。火を消せるのは彼らしかいないからだ」
という意味のせりふの持つ本当の重さは、消防士以外にしかわからないのかもしれない。
消防士以外がこのせりふの行間を読んでも、上っ面だけだろう。
救命病棟24時のせりふは、ほかにも医師や看護師、政治家など、
特定の職業以外ではありがたみがわからないことが多い。
(脚本家は消防士でも医師でもないからその脚本のせりふも所詮軽いもの、
という批判があってもここはおいておこう)

佐倉のせりふもまたしかりだ。
無知な私は、コマネチがあれだけの苦難を乗り越えてきたことを知らなかった。
脚本家もよくこの例を持ち出せたものだ。

消防士は24時間勤務だ。
普通の人から見れば、肉体的に過酷な仕事を強いられるのに
(火事がなければ楽かもしれないが、訓練してスキルを保つ努力もしている)、
今回のドラマのように精神的にも追い込まれると、
生きるのがいやになってもおかしくないはずだ。
一方で、医師はそんな人たちの肉体だけでなく、
時には心もいやさなければならない。
いまさらながら、どんな仕事にも楽なことはないのだな、と知る。

それにしても、最近は日比谷(小市慢太郎)と佐倉(大泉洋)の出番が増えている気がする。
公式Webの「メッセージ」を読むと、
主役の進藤(江口洋介)と楓(松嶋菜々子)に対する感想が多いのは当然として、
黒木(香川照之)、9話終了後は寺泉(仲村トオル)といった準主役級への感想に混じり、
日比谷と佐倉に対するメッセージが意外と多いようにも感じる。
それに対し、磯部(京野ことみ)や大友(MEGUMI)に対するメッセージの少ないこと。
女性陣はもっとがんばってほしいものだ。

日比谷と佐倉の登場シーンが多いのは、視聴率対策もあるのかもしれないが、
私は演技が上手いからではないかと思う。
小市と大泉の演技の上手さは、せりふのないシーンを見れば一目瞭然だ。
ちょっとしたしぐさや表情などにそれが現れている。

小市と大泉に共通しているのは、舞台経験が豊富だということだ。
ろくに舞台も見ないで偉そうなことはいえないが、
舞台演劇では舞台に上がっているあいだ、
俳優は常に観客に(時には至近距離で)見られている。
その上、当然のことながら、舞台本番では失敗は許されない。
ドラマの撮影のように、何度も撮り直しがきくわけではない。
だから、ドラマであってもカメラに映っている限り、
常に見られている、失敗は許されないという緊張感を保てるのかもしれない。

演技力の高さは、ドラマで伝えようとしているメッセージを表現する上で
重宝されるのだろう。

あとは、小市と大泉にとって、役がはまったというのもあるのかもしれない。

現在、個人的に小市と大泉に注目しているが、
私の目は節穴ではないことを信じたい。

医師に関連したドラマでは、「87%」もいい感じだ。
こちらは患者の心理にスポットを当てているようだが……

「救命病棟24時」の疑問

第9話を見ていて、今頃気づいたが、
なぜ「国際人道支援団」が震災を受けた東京に来ないのだろうか。

大震災にあったとしても、東京は医療が進んでいるから不要?
発展途上国専門の医師団?
単にドラマで触れるのが面倒なだけ?
それとも……

もっとも、来ていたら進藤は間違いなく呼ばれるはずなので、
物語にならないのだろうけれど。

※ちなみに、「国際人道支援団」の元となった(?)
国境なき医師団」(MSF: Medicines Sans Frontieres)は、
「MSFは誰からも干渉や制限を受けることなく、
助けを必要としている人々のもとへ向かい、
人種や政治、宗教に関わらず分けへだてなく援助を届けます」
(http://www.msf.or.jp/msf/msf.php)と主張している。

今回までの救命病棟24時を振り返って

私は、連続ドラマをまじめに見る人間ではない。
最近印象に残った連続ドラマが、
おととし(2003年)から去年(2004年)にかけて放送された
白い巨塔」という有様だ。
お気に入りのドラマがあっても、毎回ビデオにとって見ることはほとんどない。
たまに最終回を録画するくらいだ。

そんな私が、珍しく毎回ビデオにとって見ているドラマがある。
救命病棟24時」だ。

ご存知の方も多いと思うが、
救命病棟24時は1999年の第1シリーズから数え、今回で第3シリーズを迎えた。

この第3シリーズは、話題が実に豊富である。
首都直下型地震が起きたとき、救命救急はどうあるべきかというへヴィなテーマ、
出産で休業していた松嶋菜々子の連続ドラマ復帰作であり、
かつ江口洋介と再び共演するということ、
水曜どうでしょう」で知られる大泉洋の抜擢……

救命病棟24時は良くも悪くもERの2番煎じというイメージが、私の中にはあった。
しかし、今回は首都直下型地震での救命救急をフィーチャーしている。
この点で、ERとの差別化を図ろうという製作者の努力が伺える。
新潟中越沖地震やスマトラ沖地震が起きた後だけに、
着眼点のよさが光るとともに、このへヴィなテーマをうまく扱ってほしいと願っている。
残念ながら、救命病棟24時はまだERの呪縛から完全に抜け出せているとは言えず
(それどころかスピード感では完全にERに負けている)、
また首都直下型地震での救命救急の扱いも消化不良で不満も残る。
地震(もっといえば災害)が起きたとき、人々はどうあるべきかは考えているようだが。

インターネットの情報を見る限り、
松嶋菜々子の演技が上手いという書き込みはあまりない。
演技に関して素人の私が書くのもなんだが、確かに上手くはない。
女優としてのポテンシャルも低いかもしれない。
そのうえ、休養で演技力の低下がある点は否めない。
が、下手でもないのは確かだ。
とはいうものの、松嶋菜々子はそつなく演技しているように見える。
自ら行った治療の甲斐なく婚約者を失ってしまったときの楓の演技が、
そのすべてを物語っている。

江口洋介は、「白い巨塔」で医師の里見を演じたこともあり、
「救命病棟24時」の医師・進藤としての演技は深みが感じられる。
自分なりに医師はどうあるべきかということをきちんと考え、
それを演技に反映させているのだろう。
松嶋とのシーンはそれほど多くはないが、
お互いを生かしつつ自分の存在感を出すにはそのほうがいいかもしれない。

大泉洋の演技力の高さは、私の予想以上だった。
大泉は大学では演劇部に所属し、現在も
TEAM-NACSで数多くの舞台をこなしているので、
演技が下手だということはないと考えていた。
大泉は、(全国で放送される)連続ドラマ初出演とは思えないほど、
江口洋介ら経験豊富な俳優と比べても
(経験や実力の差はまだまだあるが)決して引けを取らない演技をしている。
大泉と一緒の場面が多い、お世辞にも演技が上手いとはいえないMEGUMIと比べると
それがよくわかるだろう
(もっとも、比較はナンセンスだが)。

もし大泉の起用が、単なる話題作りではなく、
役者としての技量を評価した上での結果ならば、
製作スタッフの役者を見る眼はかなりのものだといえる。
無名ながら舞台経験豊富で演技力のある俳優、
歌舞伎など畑は違うが演技はうまい人たちが、
どんどん連続ドラマに進出するきっかけがあってもいい。

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